このページの壁紙は「砂漠」です。


Black Dog in AZ-ここ! ここ! 私達ここにいます
合衆国のシルエットにあしあとマークで印をつけたのが、わが町ツーソン。
アリゾナの州都Phoenixから長距離バスで約2時間の、砂漠の町。黒犬と相棒は、ここにいます。

黒犬と相棒のプロフィール
黒犬ニッキーです
黒犬ニッキー
1996年1月1日(めでたい奴)日本生まれ。山羊座・血液型不明。
ラブラドール・リトリーバーの雄。去勢したから正確にはおかま。
元麻薬探知犬候補、でも不適格。その他、警察犬には見込みなし、番犬は不向き、フリスビーは落ちてからゆっくり取りにいき、アジリティには興味なし…という性格で就職活動が難航した後、2歳1ヵ月で現在の相棒と同居。
現在アリゾナ州ツーソンに留学中。
そして相棒です(イラストのみ)
その相棒
19XX年11月4日日本生まれ。さそり座・A型。
人間の女性。
車椅子と度つきのサングラスが必需品。時々白い杖も持っている。
ついでに貧血でドライアイ…でも血も涙もない女と言わないで。
個人的な好みでジャーマン・シェパードの子犬を探しているうちに、何故かラブラドールのおとなの黒犬ニッキーと同居。
現在アリゾナ州ツーソンに留学中。

留学日記のまえがき

 相棒の車椅子を引いたり、障害物を避けたり、必要なものをくわえて持ってきたり、ドアを開けたり…が黒犬ニッキーの仕事。視力の弱い相棒に、電動車椅子はちょっと危険で使いづらいけれど、犬なら障害物や段差を見つけて、自分の判断で止まったり避けたりしてくれます。
 今は日本でも沢山の人達が介助犬を育成していますが、私はニッキーをいちから自分で訓練してみたくて、96年に4週間のアメリカ旅行をした時に会った、重度脳性麻痺のドッグトレーナー、ステュワートさんが小さな非営利の訓練所を主宰しているツーソンにやってきました。

 障害者が介助犬に必要とする作業は千差万別。
障害よりも環境やライフスタイルで変わってきます。だから、アメリカで会った介助犬ユーザーの中にも、個人の訓練士を雇って特別なニーズに合わせた犬を訓練した人、自分自身で犬を訓練した人がいました。数は少ないけれど、障害者に訓練を指導し、一定レベルの試験を経て介助犬として認定してくれる専門のプログラムも存在します。
 私の動作と視力の両方を補助してくれる犬を、自分の手で育てたい!
 沢山の人に訓練方法や経験談を聞き、特に同じ脳性麻痺で自分以上のハンデを持つステュワートさんに「大丈夫、出来るよ!」と背中を押されて、無謀な夢が始まりました。目標は、実績のあるプログラムの認定です。
 帰国してから2年間、縁ある犬との出会いを待ってやって来たのが黒犬ニッキー。

 元麻薬探知犬候補、という肩書きから刑事犬カール(同世代の犬好きの方、懐かしいでしょう!)のような犬を連想していた私は、薬物の匂いは知っていても、スワレ、フセ、といった服従訓練は身につけていなかったニッキーに、いきなり甘い期待を裏切られました。
 まずは訓練以前のしつけからです。物覚えの良さと解っていても簡単には従わない頑固さに、なんて頭がよくて性格の悪い犬だろう! と複雑に感心しながら。

 いつでも一気にハイテンション、好奇心旺盛で意地っ張りなニッキー。
 ブリーダー、麻薬犬のハンドラーと犬のプロに扱われてきた彼は、新しい同居人に犬を抑える力も犬を動かす技術もないことを見抜いています。無理やり押さえて座らせようとしても、力ずくで伏せさせようとしても逆効果。自然に出来た時に褒めることから始めました。解っていて行動しない時は叱ります。でも叩くことも首輪にショックを与えることもしません。叩くのがいい悪いの問題より、私とニッキーの場合は効果的でないからです。
 外出するとすぐ興奮してろくに指示を聞かないのは、「聞こえない」のでなく「聞く気がない」ようでした。問題は私とニッキーの関係が完全でないこと。
 ハイパーアクティブドッグ・ニッキーは「こんな犬を介助犬にするなんて」とよく言われましたが、一方、褒められるととても喜び、人と一緒に作業をするのが大好き、人の表情や周りの状況をよく読む犬でもあります。私が何を必要としているかを理解してくれれば、そして私を主人として認めてくれれば、きっといい介助犬になれるはず。

 そして、今だから言うけれど、同居後半年くらいのいちばんワルだった頃、何度も「この犬には無理」と思いながら、いつでも私のそばにいたがる甘ったれで優しい犬ニッキーを、私はどうしても手放せませんでした。
 介助犬になりたくなければ、それでもいいよ。ずっと一緒にいようね――何度もそう話しかけていたのです。

 使役犬の血統に生まれて、ペットとしての家庭の生活を知らずに育ったニッキー。生後9ヵ月で麻薬探知犬になるためにブリーダーさんと別れ、麻薬探知犬になれなかったから、今度はハンドラーさんとも別れなければならなかったニッキー。人間の「目的」は、それに応えられなかったこの犬にとって、何だったんでしょう。
 ニッキー自身の、信頼できる主人が必要、という「目的」に私が応えてやれるかどうか、車椅子の私と暮らすことがほんとうに彼のしあわせなのか、それは解りません。でも、私の「目的」よりも先にニッキーという犬をそのまま受け容れよう、と思います。

 いつのまにか、相変わらずハイテンションなニッキーが、それでも私が落としたものを何も言わなくても拾い、そっと手渡してくれるようになりました。物を拾うことは最初に教えた簡単なこと。でも、私が何を必要としているのかを自分で考える犬になってくれたことが嬉しかった。部屋の中で私が立ち上がると邪魔にならないようにさっと場所をあけ、少し離れて見ていて、私が転べば駆け寄って来ます。いつからニッキーが変わったんだろう、ようやく「飼い主」から「主人」に昇格した気分でした。

 同じ頃、ツーソンの訓練所から、手紙の返事が届きました。トレーニングに最後まで参加することを条件に、面接の許可が下りたのです。犬の検疫や飛行機での輸送についても、何度も相談し、送られてきた犬の性格テストの結果を検討して、ようやくの青信号。
 犬連れ渡米の準備や、滞在費その他の話は後に譲るとして、とにかく4月10日、私達はツーソン国際空港に到着しました。

 以上、留学日記の長いながいまえがき。

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