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くろいぬ日記

黒犬ニッキー、アリゾナ育ちの東京暮らし。

2002年2月の日記

■2002/02/25 (月) 引退の危機?

 一昨年の11月、アメリカから帰ってまだ数ヶ月の時に、ニッキーは第1回引退の危機に遭遇した。股関節形成不全が発覚したのだ。2歳を過ぎてから「遺伝疾患はない」と言われて譲り受けたが、レントゲン検査すら行わないいい加減な保証だったと分かった。
 さいわい程度は軽かった。私はなんとか8歳まで働いて欲しいと思ったけれど、獣医さんは「それなら全然大丈夫、きちんと管理すれば10歳までは今のままの仕事が出来ますよ」と言ってくれた。車椅子を引くことも、立ち上がってスイッチを押すことも出来る、と言ってもらえてほっとした。
 それから気を遣っているせいもあって、ニッキーの足は順調で痛みも出ていない。仕事もこなし、自由運動でも走り回っている。
 ところがこの日、第2回引退の危機を感じる瞬間があった。
 実家に帰るのに電車に乗ったら、うまく車両の角の場所を確保できたので、ニッキーはゆったり足をくずして伏せ、いつにもまして爆睡していた。そして降車駅。充分目の覚めていなかったニッキーは、私の後について電車を降りた時に後ろ足を電車とホームの間に落としてしまった。
 音から判断すると、はじめは片方の足が落ち、体勢を立て直そうとした時につるっとした床でもう片方の足も滑って落ちたようだ。振り返ったら両足がはまって腕立て伏せ状態のニッキーがいた。
 乗客が「犬が落ちてる〜」と笑う声の中自力で這い上がったニッキーは、相当びっくりしたらしく私にぴったり身体を寄せてきた。駅員さんにも笑われて「君、大丈夫か?」なんて言われてしまい、私もちょっと笑ってニッキーに目で抗議された。
 笑ったけど、本当に怖かった。もしかして、ニッキーの股関節や足に影響があったらどうしよう、とか、もうふんばれなくなっているのかも、とか。その後「ただの不注意・もしくはただの運動音痴」と判明して、ひとまずは安心、引退の危機は去っていった。ただ寝ぼけていただけだったんだろう。
 側にいてくれるだけでもいい、と思っていたけれど、引退の危機を感じるたびに私は「また障害者になっちゃう」とお腹の底に重い不安を意識する。介助犬としての役割も大きかったんだね。今更こんなこと言ったらニッキーに叱られるかな?
 ともあれ、ずっと一緒にいられるために、ニッキーの健康管理にこれまで以上に気をつけようと思った出来事だった。

■2002/02/22 (金) 眠いふたり

 毎晩私がベッドに入ってから電気を消してくれるのが、ニッキーの一日最後の仕事になる。今日も一日楽しかったね・ありがとう、の気持ちを込めて、普通に仕事を褒めたあと、話しかけながらぐにぐに撫でまわし、時にはボーンをあげたり、トリーツをあげたりもする。
 昨日もいつものとおり、最後に「Tug click」(ぱちんと音がするまで紐を引いて)と声をかけた。指示どおり3回繰り返して電気を消したニッキー、例によって撫でられにやってきた。何故か甘ったれモード全開になっていて、いくら撫でても擦り寄ってくる。ま、いつでも平均以上の甘ったれなんだけどね。
 どのくらい甘ったれてきたかというと、とにかくいくら撫でても納得しない。大好物のレバーのトリーツでごまかしても、「食べ物はいいから撫でて!」と要求してくる。そりゃそういうニッキーは可愛い。私の方も撫でたくなった。今回はとにかくニッキーが納得するまで撫でることにしよう。
 それから延々と、私は撫で続け、ニッキーは撫でられやすいように私の手に体を擦り付けてきた。ニッキーが納得するまで撫でるって一体どのくらい撫で続ければいいのか、不安になったりして。
 眠かった。うとうとしながら見ると、ニッキーも半分寝ている。半目になり、こっくりこっくり前後に揺れながら、それでもしっぽは動き、手を止めるともっと撫でろと要求する。
 なんでそんなに撫でられたいんだろう? 結局昨日は、どっちが先に寝たかよく分からない。ああ、ほんとに眠かった!

■2002/02/18 (月) 思い出の品

 ニッキーがアメリカで使っていたバックパックを引っ張り出してみたら、中に何か入っていた。
 5ドル札1枚・コイン数枚。向こうでは殆どデビットカードかクレジットで買い物していたから、キャッシュが必要なのはファーストフードくらい。うっかりお財布にキャッシュがない時に「クレジットは使えません」って言われると焦るから、一応ニッキーのバッグに小銭を入れていたんだっけ。
 バスのトランスファー(乗り継ぎ券)とレシート数枚も出て来て、懐かしさのあまり見入ってしまった。当時の不健康な食生活をふと思い出すようなレシートだった。懐かしんでいたらうっかり全部床にばらまいた。
 ニッキーは物が落ちる音を聞きつけてやって来て、薄いレシートも小さなダイム(10セント硬貨)もひとつひとつ拾って渡してくれる。もしかしたらニッキーも、口の中でアメリカの匂いを懐かしんでいたかもしれない。
 最後にニッキーは、濃い赤色の物をそっと渡してくれた。これが超懐かしい! 訓練中にカードを拾わせる練習に使ったSafeway(お向かいのグローサリー)のカードだ。レジで無料発行してくれるので惜しくないから、ニッキーの練習用だった。
 デビットカード、クレジットカード、IDの類とカード類が多かったアメリカ生活。大事なカードを傷つけずにくわえるのは必須科目だ。カードを曲げたり歯形をつけたりしないでそっとくわえること、そして、つるつるの床に張りついたカードをうまく拾い上げることを教えるのに、この赤いカードが活躍してくれた。
 今は大事なカードも安心してくわえさせることが出来るニッキーだけれど、練習用カードは歯形がいっぱいでかなり曲がっている。あの頃はへたくそだったんだね。
 思い出を味わいつつ当時の練習を再現してみた。「Get(くわえて)」「Hold(そのまま持っていて)」「Give(ちょうだい)」わざとぽろりと落としても、指示なしにさっとくわえ直す。当たり前だけどちゃんと覚えている。
 ニッキーは、何でこんなことするんだろう? って顔をして指示どおりカードをくわえたり放したり。でも、褒めるたびになんだかいつもより嬉しそうだ。やっぱりアメリカの匂いが分かったのかも。何かが出来るたびにうんと褒められて自信に溢れていた訓練時代を、きっとニッキーは思い出していたのだ。

■2002/02/15 (金) リラックス

 電車が揺れるたび、車椅子の左側で伏せているニッキーの身体がゆらゆら。今やすっかり慣れてしまったのか、電車の中でもタクシーの中でも、ニッキーはすぐ寝る。
 最寄り駅に着くとさっと立ち上がる(命令していないのに立ち上がるのだから、あまり褒められたことではないけれど)ようになったし、それ以外の駅でも駅員さんが簡易スロープを持って待っていれば、降りる準備をする。
 いつでもどこでも飼い主が側にいればリラックス出来ること、そして必要な時にはすぐに仕事が出来ること、それはこの子が経験から身につけた素晴らしい才能だし、介助犬としての資質だと思う。出来るだけ犬を疲れさせずに、身体的にも精神的にも負担をかけずにすむように、気を配るのがユーザーの務め。私の場合はニッキーのこのおおらかさに随分助けられているんだろうな。
 そんな思いでニッキーの寝姿を眺めていたら、降りる駅に到着した。ニッキーはきっと頭を上げ、私の顔を見て立ち上がった。だらだら寝ているようでもやっぱりハーネスを着けている時は緊張しているんだ、と一瞬私は感心した。その時、同じ電車に乗りあわせた女の子の声が。
「きゃーかわいい。あの犬熟睡してたんだぁ、ほら〜よだれが床に糸引いてるぅ」
 リラックス出来るのは立派だけど、そこまで弛緩してしまうのを褒めていいものかどうか、日本一の溺愛飼い主を自認する私もちょっと考えてしまった。

■2002/02/12 (火) 気分屋さん

 ついこの間、どうも喜んでかじってくれないと嘆いたミルク棒。今日何の気なしにあげてみた。「ニッキーさん、よろしかったらどうぞ」――今回はお気に召した様子で、返してもらうまで1時間近く嬉々として噛み続けていた。
 ニッキーは私がテレビを見ていたりパソコンいじりに没頭していたりすると、その側にすりよってくる甘ったれ犬。大抵は身体のどこかが触れていれば満足なのだけれど、時々画面の前にでんと座ったりしてささやかに抗議してくる。
 今日は見たい番組があったので、おもちゃでニッキーの気を逸らしてみたのだ。でも、この間は殆ど興味を示さなかったミルク棒を楽しそうに噛んでくれるのがちょっと嬉しかったから、ついニッキーの様子を眺めてにこにこしてしまい、結局テレビに集中できなかった。あとでビデオを見ることにする。
 テレビが終わっておもちゃを返してもらうと、片端だけかなり噛んであり、ニッキーにしては随分気に入ったらしい。ここ数日毎日電車と人ごみの中でじーっと伏せていたから、その反動もあるのかな?
 この間は全然興味がなさそうだったくせに…相変わらずの気分屋でわがままなニッキーだった。

■2002/02/11 (月) この頃思うこと

 先週、友人の愛犬が亡くなった。ネット上でしか会えなかったゴールデンの女の子。彼女を看取った友人は「ずっと前からこの子が死ぬことに怯えていた気がする」と言い、「怯えて過ごすんじゃなかった、来るべき時が来てから怯えればよかったんだから」とも言った。
 近所の老犬達も相次いでいなくなってしまった。白状すると、誰かの訃報に接するたびどうしても「もしニッキーが逝ってしまったら」と考える。他人の気持ちを思いやったり慰めたりする前に、もしニッキーが…、という想像で自分の方が取り乱してしまって、結局何も言えないのだ。昨年別の友人の愛犬が胃捻転で急逝した時も、とうとうメールさえ送れずじまい。不人情で不義理な自分が嫌になる。
 多分私は、ニッキーを失うことに今から怯えているんだろう。出会って以来ずっと離れずに過ごし、あの1年半の留学生活を共に送り、私が直接訓練し、介助犬として私を支えてくれるニッキー。当たり前だけれど今までこんな付き合い方をした犬はいなかったから。
 以前より疲れやすくなり、口の周りが色褪せてきた6歳のニッキー、時間を重ねた分、前にも増して私の気持ちを読み取ってくれる。それだけに愛しくてたまらない。
 介助犬とユーザーとして二人五脚で暮らすからこその結びつきや以心伝心もある。でも、介助犬だから、自分の手足だから大切な訳じゃない。ニッキーは特別な犬じゃなく、私と特別な絆を作った犬。
 1分でも1秒でもニッキーと過ごそう。何度でもどれほど愛しているかを伝えよう。いくらでも彼の視線を受け止めて、数え切れないほど抱きしめてやろう。――時間が限られていることを忘れないで暮らすこと、それが今のところの結論だった。
 悲しい報せが届くたび、どうしてもニッキーのことを考える。涙を止められないこともある。でもニッキーにその顔は見せない。憎まれ口を叩いてやるんだ。
「人間は連休だよ、みんな遊んでるよ。でもにっちゃんは介助犬だから毎日仕事しなきゃね。ああ可哀想に。悔しかったら私が死ぬまで生きててごらん! 私が死んだら誰も命令しないよ。猫を追っかけても誰にも叱られないよ。お香典で好きなだけお肉とチーズを買って食べれるよ。楽しみだねぇ、私が死ぬまで生きてたら、きっといいことがあるよ…」

■2002/02/03 (日) 同窓会

 昨日は年に一度の同窓会。ニッキーとふたりで飯田橋まで出かけた。
 学校の同窓会ではなくて「モス地球遊学制度」の集まりである。毎年5人の遊学生を1ヶ月間海外に送り出し、それぞれの「夢」のために思う存分やらせてくれるというこの企画、私は第12期生として96年にアメリカの介助犬訓練所で勉強する体験をさせてもらった。
 今回は、遊学当時「夢」だった介助犬、それも夢見たとおりにアメリカで自力で育て上げた介助犬を同伴して参加することが出来た訳で、ちょっと感慨深かった。
 訓練前のニッキーを知っている人も数人いて沢山撫でてもらったので、ニッキーはすっかりくつろいでしまったけれど、2次会に移動する時は坂の多い道で上手に車椅子を引っ張り、階段で一歩ずつ私を支えて活躍。ちょっとは成長ぶりを見て貰えたかな?
 2次会の会場はお座敷だったけれど、お店の人はニッキーが私のそばに(つまりお座敷の畳の上に)いるのを快く認めてくれ、ニッキーの足を拭くおしぼりも出してくれた。本当にありがたかった。
 それにしても、それぞれ「夢」を持つ人達とテンション高く語り合うのは本当に楽しい。自分も初心に返って頑張ろう、という気持ちになるし、全く知らない分野のことを知ることも出来る。世の中いろんな人がいて面白いなぁ、なんていい年をして思ったりする。
 で、その翌日の今日は、ニッキーの散歩以外の時間ずっと物を書いて過ごしてみた。帰国以来ずっとあった「書きたい」と「書かなきゃ」の思いが、夢見る人達のパワーで刺激されてしまったのだ。パソコンとソフトの視覚障害者用の設定をフル活用して、久しぶりに書く楽しみを満喫している。
 ここだけの話、「書きたい」のも夢だったんだよね。介助犬と暮らすことも夢だったけど、それが目標じゃない。介助犬ニッキーがいることで出来る新しいことを探さなきゃ。今日はやけに前向きな私だった。いつまで続くかな。

■2002/02/01 (金) おみやげ

 1月のニッキーは結構忙しかった。12日から21日までアメリカ旅行、27日から29日は大阪旅行。
 アメリカに、というより懐かしいツーソンに行くと、留学中によく行ったペットショップでニッキーに何かを買うことにしている。犬用のおもちゃもバックパックも、日本の大きなショップに行けば売っているものが殆どだけれど、ま、それでもいいじゃない? 結局、留学中ニッキーのお気に入りだった某メーカーのポテトボーンを、大小ふたつ買って帰った。その名のとおりじゃがいもで出来た骨形のおもちゃで、普通のナイロン製のボーンよりは柔らかいけれど、2、3日は持つというもの。ニッキーは嬉しそうに顔を斜めにしながらかじっている。
 大阪に行った時は、ライトハウスのパピーウォーカーさん達が使っているミルク棒を買うことにした。バニラの香りがして見た目も結構綺麗なので、なんとなく飼い主が買いたくなって。
 東京に帰ってから、早速ミルク棒をあげてみた。いつも通りきちんとオスワリして礼儀正しくボーンを受け取ったニッキー、まず楽しげに遊び、それからハウスに持っていってかじり始めたが、数分後、突然ミルク棒を放り出してそれっきり殆どかじろうとしない。別に歯が痛かったりした訳でもなさそうなのに…。
 このミルク棒、いい匂いがするけれど、他のナイロン製のボーンに比べて固いらしい。だからかじるのが大好きな子犬には向いているということなのかな。でもニッキーは、しばらくかじってみてこれは食べられないと悟ったようだ。かじるだけで食べられないおもちゃには興味がないんだろうか、もう6歳だもんね。
 今日もニッキーは、確実に端から食べられるポテトボーンばかりかじっている。飼い主がミルク棒を持って「ニッキーあげるよ、どうぞ!」と声をかけると、一応こちらの気持ちを尊重して申し訳程度にかじったりするものの…結構現実的なおとなになってしまったニッキーだった。

(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/