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くろいぬ日記

黒犬ニッキー、アリゾナ育ちの東京暮らし。

2002年5月の日記

■2002/05/30 (木) 手抜き

 座椅子に座ってしまってから、リモコンが必要になった。本当はそんな時、出来るだけ自分で立ち上がり、取りに行かなければならないと思う。でも、湿気の多い時期恒例の膝の痛みを言い訳に、ニッキーに持って来てくれるように頼んだ。
 ニッキーのコマンドで、コントロール、と言えばテレビのリモコンを、リモート、と言えばエアコンのリモコンを指す。このふたつの単語は杖や電話や財布ほど重要ではないので、教えたのはごく最近。間違えないかな、とちょっと心配だったので、ニッキーの動きを目と耳で追ってみる。
 ニッキーは、指示を聞くと奥の部屋に行き、デスクの上に目指すコントロールがあることに気づいた。彼の体高ではデスクの上の物は見えないのだが、そこは犬、ちゃんと鼻で確認している。
 ここでいつもは前足をデスクの上に載せて目的の品をゲットするけれど、鼻を伸ばしたついでにニッキーは、立ち上がらずに首を伸ばしてリモコンをくわえる作戦に出た。多分(見えなかったけど)リモコンの端っこがデスクの上から軽くはみ出していたのかも。
 かし・かし・かし、とニッキーの歯がリモコンに軽く当たる音がする。かしかししているうちにリモコンは少しずつデスクの上からはみ出してきたらしい。よしっ! と言わんばかりにニッキーはぱっくり口を開けてリモコンをくわえ取ろうとした。
 その時。
 どう動いたんだかリモコンがぱたんと音を立てて、ニッキーの顔面を直撃! いや、文字で読んでもよく解らないだろうけれど、それはもう見事なタイミングだった。往年のドリフコントのたらい落ちさながらに。
 ニッキーはびっくりして一旦飛びのいたけど、それがまた欽ちゃんのよう。はっきり言って笑える。笑いを取ろうとしているとしか見えない。でも笑っちゃいけないから辛かった。ここで笑ったら、一生懸命私に褒められたくて頑張っているニッキーが傷付いてしまう。誰が笑っても、私だけは笑えない。床に落ちたリモコンをくわえて何事もなかったようにやってきたニッキーを褒めてから、大笑いしてしまった。
 この間電気の紐に「釣られた」時といい今回といい、手抜きをすると痛い目に遭うんだよ、ニッキー。でももとはといえば、私が手抜きをしてニッキーに頼ったから、手抜き気分が伝染したんだろうな、反省…。


■2002/05/29 (水) ママ???

 そう言えば…と思わされた。ネット上ではみんな使っているハンドルネーム。犬飼い仲間では圧倒的に、**ママ・**パパというネームが多い。
 でも、盲導犬フラッシュのユーザーさんはたかさん。KEIRUのユーザーさんはやまちん…使役犬となるとパパママ系が一気に少なくなってしまう。この発見を教えてくれたのは、聴導犬らぶ太のユーザーさんで、彼女は「らぶ太ママ」を名乗る少数派である。
 アシスタンスドッグは大抵、おとなになって訓練を修了してからユーザーのもとにくるから、パパ・ママという感覚になりにくいのかな。らぶ太ママの場合は子犬の頃に徘徊していたらぶ太を保護したそうだ。いわば我が子が成長し、ママを助けるべく学校に行って資格を取得してくれたような、ちょっと特殊なパターンなのかも。らぶ太ママの旦那さまもらぶ太パパを名のっている。
 さて我が家の場合はどうだろう? ニッキーは全く訓練されていない状態でやってきた。でも2歳を過ぎたおとなだったから、子供って感じはなかったなぁ。訓練も一緒にやったけれど、例えれば、恋人か親友か弟が一生懸命介助を覚えて、結局資格まで取ってくれたようなものだろうか。
 自分で考えても、「ニッキーママ」じゃ似合わない! ニッキーの姉です、って言うのも抵抗があるし、彼女って言ったら友人をなくすかもしれないし。
 犬に人の言葉を話させたりするのは嫌いだけれど、仮に言葉を当て嵌めたら、ニッキーは私をなんと呼んでいるだろう。仕事モードの時は「ボス!」かな。普段のばたばたしているニッキーを見ていると、何だか某ドラマのように「姉さん、事件です!」とか言いそうな感じ。
 外出先で仕事をさせる時、「アップ・オン・ママ」「ブリング・トゥ・ママ」と時々言ってしまっては、何ともしっくり来ない気持ちの悪さを感じる私なのだった。ネット上では「相棒」を名乗っているけれど、コンビニで「相棒にお財布ちょうだい」も変だ。是非とも「ママ」に代わるうまい呼称を考えなければ。


■2002/05/21 (火) 優先順位

 部屋の中でバランスを崩して転びそうになった。後ろにはいつも通り弛緩しきったニッキーが寝ている。その上に転んでしまったら大変。
「あっ」と「きゃー」と「ひえー」が混じった叫びと共に、デスクにつかまって必死に身体を支えた。そしてそのまま反対側にバランスを崩し、左足首がくねっと曲がった状態で、椅子の上に倒れ込んだ。その間、おそらく0.3秒くらい。転ぶ瞬間って一瞬にしていろいろ考えるよね。
 最近は転ぶふりやお腹が痛いふりをしても助けに来てくれなくなったニッキーも、今回は素早かった。熟睡していると思ったのに、さっと立ち上がって部屋の端に避難し、私が椅子に着地するまでしっかり観察していた。さすがである。本当に自分の身に危険が迫った時は見事な反応をするもんだ。
 そして、確実に安全が確認されてから「大丈夫ですかぁ?」とすりよってくるのが、更に憎たらしい。ニッキーの優先順位は1に自分、2に飼い主なのだ。全く!
 ハーネス着けて仕事をしているところや、私と離れると必死の形相で「置いていかないで〜」と訴える姿を見た人には、「何よりも主人のことを大切に考えている犬」とか「自分を犠牲にしても主人を助ける犬」だと言われることがあるけれど、実際は自己犠牲の精神なんかちーーーっともない。犬だから当然?
 その後もう一度、今度はキッチンで立ち上がろうとして転びかけた。ニッキーが急いでやって来たので、「ブレイス(支えて)!」のコマンドをかけて犬の肩に手をついてバランスを取り、ゆっくり立ち上がることが出来た。「グッド・ブレイス! もういいよ」と言うとニッキーは安心してハウスに戻った。
 にっちゃん、よく出来たけど、私は気づいたよ。駆け寄る前にほんの一瞬、私が倒れるかどうかを見極めていたのを。
 まあ、それもいい。ニッキーも私自身も無事でなければ「私が無事」ってことじゃないんだから。ニッキーの身体は私の身体。だからしっかり安全確保してもらいたい。なんたって、私本体は保険がきくけどニッキーはそうじゃないんだし。


■2002/05/17 (金) 痛かった

 右足がうまく持ち上げられなかったので、ニッキーに靴下を脱がせてもらった。一応本職の介助犬であるニッキーは決して歯が当たらないように気を遣ってくれる。ところが今日は、何故か痛かった。
 古本を整理しようとして途中で挫折した私。部屋中に本があったので、靴下をくわえたニッキーはそのまま後ろに下がって引っ張ることが出来ず、前足でがしがしして脱がそうとしたのだった。そう、痛いのは歯ではなくて爪。最初はちょっと痛かったが、少し脱げてくるとあとは口だけで引っ張るよりうまくいった。
 ツーソンで住んでいたアパートも決して広くはなかったけれど、靴下を引っ張るのに前足を使う必要なんてなかった。まっすぐニッキーが下がっていくくらいの場所は楽にあったのだ。それに比べると日本の部屋は格段に狭い。靴下を脱がせたり、トイレのドアを開けたりするたびにニッキーは、どこかにお尻をぶつけてしまう。部屋の狭さ、スイッチの形、ふすまや障子、そして何よりも習慣の違い。働く大型犬にはやっぱり日本は住みにくいのかもしれなかった。
 口を使うのと同様に前足を頻繁に使うニッキーだが、口が器用、というか壊れやすいものもそっとくわえられるのに比べて、前足は不器用で力も強すぎる。靴下を脱がせる時にちょっと痛いくらいはいいけれど、畳を傷めたり障子をやぶいたりしないように、前足のコントロールをしっかり教えないといけないだろうか。日本で暮らすなら犬も手先が器用でないとね。


■2002/05/16 (木) おうち

 ニッキーも、若い頃の勢いがなくなったせいか、障害物よけをするせいか、車椅子を引っ張るスピードがゆっくりになった。正確に歩けるようになった一方で、体力が落ちたかな、とちょっと心配している。
 なるべく自力で車椅子をこがなくちゃ! 体力をつけ、筋肉をつけ、脂肪を落としてニッキーの負担を減らす! ――と、私も気持ちだけ頑張っているので、この頃は帰り道だけハーネスのハンドル(車椅子を引っ張ってもらうために私が握る部分)を外す。そうしておけばついつい頼ってしまうことはないから。
 今日は恒例のデート=長い散歩に出た時、ハンドルを外したままになっているのに気づいた。そのまま自力でがんがん車椅子をこいでいくことにする。散歩も買い物も訓練のおさらいも終えて、帰る時にはさすがに腕が重かったので、途中歩道が斜めになっているところとだらだら続く緩い上り坂だけ、ハーネスにハンドルをつけてニッキーに手伝って貰った。
 体力の落ちたニッキーに上り坂は可哀想かな、と思ったら、意外にも若い頃のような力とスピードで、ぐんぐん坂を登り、車椅子の方向も見事に安定させてくれる。私も「グーーーッド!!」を連発し、気持ちよく颯爽と歩いた。
 ニッキーのその元気、どうやらおうちに帰れる解放感と安心感から来るらしい。昔は出かけると、前半で頑張りすぎて(というかハイテンションになりすぎて)後半は疲れておとなしくなったが、いつのまにかニッキーは、ハーネスを着けてどこかに行く時は落ち着き(結構簡単に忘れちゃうけど)、帰り道では元気になるようになったようだ。
 家に帰ってハーネスをはずすと、ひっくり返ったり飛び跳ねたりして甘ったれるニッキー。相棒とふたりで暮らす「おうち」は安心の場所なのだろう。何度か飼い主が替わった犬だからこそ、今日も無事に相棒と寄り添って我が家に帰れる、ということは何より嬉しいのかもしれない。
 それは私も同じ。相棒ニッキーがいて、ふたりで帰る場所がある嬉しさは、どんなに慣れても忘れないようにしないと。


■2002/05/12 (日) 横断歩道

 先日は恒例の眼科の診察だった。治ることはないし、今すぐ見えなくなるというものでもない。相変わらずひびの入った陶器を大事に使うように、傷ついた網膜や視神経のご機嫌を伺いながら生活している。この一年くらいで随分視力が落ちた。
 今になってしみじみ、ニッキーに左端歩きを教えておいてよかったと思う。道の左端にそって歩く習慣をつけておけば、最初から右側の障害物には滅多に当たらないし、左側の障害物は犬が自然に避ける。視力が落ちることは前から判っていたから、ニッキーがうちに来てからずっと左端歩行を徹底している。
 車椅子に乗った相棒の幅と高さを身体で覚えたニッキーは、この方法で誘導しながら、角や並んで通れない場所に来ると止まって教えてくれるようになった。穴とか舗装していない場所も上手に避ける。
 本当は引っ張り癖がつくからいけないけど、暗い時間の外出ではニッキーの「誘導?」を期待して、引っ張る必要のない場所でもハーネスに手をかけたまま歩く。道に落ちている輪ゴムを大きく迂回したりするとぼけた誘導も時々あるけど。
 今日はニッキーと買い物。このコースには大小いくつかの横断歩道がある。横断歩道も「道」だと思っているらしいニッキーは、律義に横断歩道の左端ぎりぎりを歩く。
 スーパーの前の大きな横断歩道で自転車用のところを歩こうとしたら、ニッキーは私の前に回って右側に引っ張ろうとした。一瞬「勝手な方に行こうとして…」と叱ろうと思ったが、ニッキーは歩行者用のしましま部分に入るとちゃんと体勢を戻し、しましまの左端をまっすぐ歩いて横断した。
 ニッキー的にはしましまのない部分は横断歩道じゃなかったんだろう。「ちゃんと横断歩道を誘導しよう」と思ったんだかどうだか解らないが、とりあえずよくやった、と褒めた。
 あくまで盲導犬ではない介助犬と、中途半端な弱視が一緒に歩くのは、本当はいけない(危険だからやめるべき)ことかもしれない。でも、私を守ろうとして結構頑張るニッキーの気持ちを、出来るだけ生かしてやりたいと思うのも本音。


■2002/05/10 (金) 雨の日

 車椅子を使うようになってから、雨は苦手だ。車輪を動かすために両手がふさがってしまうから、当然傘は差せない。最近は車椅子用のレインコートというのがあるけれど、あれもやっぱり使いにくいし、第一ハーネスもリードも握れないので、私は諦めて濡れて歩くことにしている。
 雨の日はどうしても散歩を楽しめない私の気持ちと、スリップしないように緊張している様子を察してか、ニッキーは雨の日には「散歩よりもうちで寝てよう」という態度を示すようになってしまった。ニッキーの仕事の基本は、ユーザーである私の気持ちと状況を読みとって行動すること。そんな職業柄、雨の日は気を遣ってくれるらしい。実家にいて我が父上と散歩に行く時や、某トレーナーさんに預けた時は、雨でも平気で散歩に行く。
 今日も雨。ニッキーは気を遣って部屋の前のところで排泄だけすると、自分からさっさと戻って来てくれた。ありがとう、飼い主孝行なにっちゃん。
 でも、ドアの外が雨だと私の方をじっと見て、「雨、嫌なんだけど…早くやませてよ」と訴えるのは勘違いってもんだよね。生活の全てを飼い主に委ねている犬は、雨だって風だって、飼い主が意のままにできると思ってしまうのだろうか。
 憂鬱な雨の日だけれど、ニッキーに「世界一のうちの飼い主」として大事にされ、尊敬もされていることを発見して、ちょっとプレッシャーを感じつつ嬉しい私だった。
 金も力もない、犬の世話になっている情けない飼い主なのに、そしてニッキーは私が弱いことをいちばんよく知っているのに…相変わらず窓の外を見ては、私にお手をして「雨、やませて!」とせがんでいる。ニッキーのために雨を止ませてあげたいと、一瞬本気で思ってしまったりして。


■2002/05/05 (日) 体当たり

 近くの児童公園に行ってみた。ちょっと狭いが車椅子で動きやすく、ニッキーと遊ぶにはいい場所だ。連休なので人間の子供達はいなかった。ディズニーランドやお台場やバーベキューやおばあちゃんちなどなどに行ってしまって、近所のしけた公園には来ないらしい。
 人も犬も猫もいない公園で、久しぶりにリードを放してオビディエンスと仕事の基本動作のおさらいをする。仕事は楽しいと思っているニッキーは、簡単なことでも出来るたびに、グーーーッド!! と褒められて得意げ。
 分離不安の強い彼が最も苦手な離れてのステイの練習もきちんとこなしていた。上達したのでも落ち着いたのでもなく、多分私がどこにも行かないことを知っているからだけれど。ステイをさせたまま時間がどんどん経過する。目の前に誘惑のボールを転がしてみたり、私が知らん顔で側を通りすぎたり、離れて「ダウン」「シット」とコマンドをかけてみたり。
 もう充分かな、と思った時、ちょっとニッキーを試してみたくなった。ニッキーに背を向けたままお腹を押さえ、「痛たたた…痛いよー、にっちゃん助けて!」と急病の振りをして助けを求めてみたのである。腹立たしいことにニッキーは動かなかった。散々誘惑の練習をしたから疑い深くなったのか、私の演技力に問題があるのか。
 仕方なく「カム!」と呼び直すと、いつもはおっとりのんびりのニッキーが、全力疾走で飛んできた。車椅子の左側につくはずが目測を誤って、車輪に激突! 私は車椅子ごと斜め前に2メートルほど吹っ飛んだ(転んだりぶつかったりすれば視力の残っている方の目が駄目になる可能性もある私なので、実は危険)。
 ニッキーと暮らして4年以上。ひどい飛びつき癖があったので、前からも後ろからも飛びつかれたことは数知れず、ひっくり返されたこともある。でも、今回のような車椅子にぶつかる体当たりは初めてだった。いつも穏やかで、身体の割に力も弱い犬だと思っていたけれど、今日は勢いがあった。
 それだけ心配してた、ということにしておこう、ニッキーの名誉のために。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/