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くろいぬ日記

黒犬ニッキー、アリゾナ育ちの東京暮らし。

2002年7月の日記

■2002/07/28 (日) 記念日

 ニッキーは今日で介助犬3年生。卒業試験に合格してIDカードを貰った記念日である。
 記念日は沢山あるけれど、やっぱりいちばん感慨深いのがふたりで頑張った訓練を無事卒業できたこの日だ。私達のプログラムでは、介助犬になるために繁殖されたり、特別にパピーライジング(目標を持った子犬の育成)された犬ではなく、障害者の飼い犬や捨て犬から選ばれた犬が訓練を受ける。
 だから途中で介助犬に向かないと判断される犬も多くて、卒業できるのは全体の2割程度だ。初級クラスではいちばん出来の悪かったやんちゃ犬ニッキーが狭き門を通過できるとは誰も思っていなかった。
 で、そんな記念日の今日は、大学時代の友人と横浜に行った。あまり暑くならない日でほんとによかった。ニッキーは記念日のプレゼントに犬用のクッキーを一箱買ってもらい、途中で私が食べたソフトクリームを半分貰った。
 自分のお皿にソフトクリームを分けてもらっても、「食べていいの?」と不思議そうな顔をして、じっと待っているよい子のニッキー。でも一旦許可を貰って食べ始めると、意地汚くいつまでもお皿をなめた後、空のお皿をくわえておかわりを要求してきた。
 ああ、介助犬になってもニッキーはニッキーなんだよね、と妙に安心した飼い主だった。


■2002/07/24 (水) ちょっとしたいたずら?

 涼しくなってから買い物に。車椅子で1時間近くかかるお店に久しぶりに行った。何だかやる気になっているニッキーさんに、レジで財布の受け渡しをしてもらう。
 でかい黒犬がレジで立ち上がると、周りにいた人が「あら、犬がいたんだ!」と声を上げた。一緒にいた子供がニッキーのハーネスについた「介助犬」のタグを見て「カイスケ?」
「違うよ、あれはカイジョケンって読むの」母親が正解を教えるが、子供はまだ納得が行かないのか、介助犬という単語自体知らないのか、「カイスケじゃないの? カイジョ・ケンって名前なの?」と聞き返す。「馬鹿だね、カイスケなんて名前の訳ないでしょ!」と突っ込むお母さん。名字がカイジョで名前がケンってのも、カイスケに劣らず笑える。子供ってエライ。
 私はまわりに聞こえる大きさの声でニッキーに言った。「カイスケ! アップ、ゲット」
 ニッキーは何と呼ばれようが「アップ(立ち上がって)」「ゲット(取って)」の指示を知っているから、レジのカウンターに前足をかけて、買ったものの入った袋をくわえた。調子に乗った私は「グッド! カイスケ、ブリング」ニッキーは指示どおり袋をくわえたまま私に寄り添って歩く。
「やっぱりカイスケじゃないか!」という子供に母親はどう答えたんだろうか。もうちょっとあの場にいて聞きたかったな。


■2002/07/22 (月) 病院

 おじいちゃんの入院している病院に行った。駐車場がいっぱいで、炎天下に停めた車に犬を待たせる訳にもいかず、ニッキーを受付で預かってもらえないかと頼んだところ、しばらく待たされてから「介助犬ならどうぞ。個室だから病室までいいですよ」と意外な許可が。
 抜け毛を落としてタオルで拭き、病院に入る前にちょっと服従訓練をして、ニッキーに気合いを入れる。各ポイントで看護婦さんが待っていて、「介護犬受付に来ました、これからエレベーターに乗ります」「盲導犬3階に着きました、これから**号室に行きます」と次々連絡が回された。ニッキーは「介護犬」でもまして盲導犬でもないんだけど…。
 痴呆が進んでしまったおじいちゃんもニッキーのことは思い出して、手を伸ばして頭を撫でようとする。ニッキーは以前、おじいちゃんにはわざと背後で吠えてみたり、通り道を邪魔したり、結構意地悪だったのだが、今はおじいちゃんがすっかり弱ってしまったのが分かるのか、とっても礼儀正しい。そっと座って撫でやすいように頭を傾けたりして。
 そこへ、手の空いた看護婦さん達がぞろぞろと、生の介助犬を見にやってきた。ニッキーはダウンステイの指示にさっと従ったものの、頭をちょっと動かした。耳が痒くてぶるぶるをしたい時の動かし方。ここでぶるぶるされたら大変だ。「頭もステイ! ぶるぶるはノーだよ」とちょっと厳しい声で指示したので、ニッキーはぴたりと動きを止めてくれる。
 何しろ盲導犬も来たことのない病院で初めてのこと。何も失敗しなくてほんとによかった。病院を出るまではきちんとしていたが、外に出ると思う存分ぶるぶるしたニッキー、ごくろうさま。


■2002/07/15 (月) 足枕

 本屋で私が立ち読みする時、ニッキーは通路をふさがないように私の正面で伏せさせる。Front(正面に来て)と指示しただけで、車椅子の前に回るだけでなくさっさと伏せて寝てしまうという悪い癖もついてしまったけど。
 しばし本に没頭していると、例によってニッキーがそっと私の足に顎を乗せてきた。ニッキーは飼い主の足枕が大好きだ。車椅子のプレートの高さも、ラブの枕にはちょうどいいらしい。
 でもね、足をじっとさせるのが至難の技。脳性麻痺の私の足は、時々勝手に跳ね上がったり、突然突っ張ったりする。本人が意識して抑えようとすればするほど逆効果で、ニッキーも猫たちも時々蹴られたり膝から落とされたりしている。
 今日もしばらくは大丈夫だったがやがて、突然両足が伸び、足首まで突っ張ってしまった。私の小汚いスニーカーに顎を乗せていたニッキーは迷惑そうに目を開ける。
 我が家に来たばかりの頃、ニッキーは棒と靴を怖がる犬だった。叩かれたり蹴られたりしたことがあるのかもしれない。そのニッキーが、急に手足が跳ね上がる障害を持った私と同居したのだから大変。急に手が挙がれば逃げ、急に足が突っ張れば逃げて、なかなかリラックスしてくれなかった。
 だから、しばらくして初めて私の足枕で眠ってくれた時は、嬉しかった。そのうちに私の足がどう動いても気にしない図々しい犬になってくれたニッキー。
 感無量? で眺めているとニッキーは、今日に限って何故か意地になって、安定しない足の上に頭を乗せ続けている。もちろん眠れない。目なんかしっかり開いていた。そう、ロデオのように足の上から顎を離さないで頑張っている。
 時々愛するニッキーを蹴飛ばしてしまうこの足が憎たらしいけれど、ニッキーはこんな足にもそれなりに楽しみ方を見つけているんだろうか。その適応力と前向きな姿勢、見習わなければ!


■2002/07/11 (木) 駆け引き

 暑い。部屋の中でエアコンを効かせて過ごすと、ある意味アリゾナ時代と同じだなぁ。
 という訳で、家で涼んでいる私達。ベッドに横になって本を読んでいる私と、エアコンの風が当たる位置に寝ているニッキーの距離は微妙に離れている。ふと本を閉じたら、寝ていたニッキーも頭を上げ、目が合った。身体を起こしてニッキーを撫でようとしたが、あとちょっとというところで手が届かない。
 いつもならこういう時、ニッキーは「撫でてくれるの?」と言いそうな顔で嬉々として起き上がり、私の手の届く範囲に、というか近づきすぎるぐらい近づいて私の膝の間とかに来る。でも今日は、暑くてだらけているのか、あとほんのちょっとで届く距離だからか、ニッキーは立ちあがらなかった。私が立ち上がって撫でに来てくれるのを予想して、しっぽでばしばし床を叩きながら待っている。表情も耳も、期待いっぱいだ。
 私はぎりぎりまで手を伸ばしたが、やっぱり惜しいところで届かない。ニッキーは横になったまま前足で私の手を引き寄せようと、お手みたいに前足をばたばたさせ始めた。なんだか溺れた人を助けるみたいにお互いに手と前足を精一杯伸ばしている私達、結構変な光景だったかも。
 しばらく努力を続けてから、ニッキーが寝たままずるずると身体の向きを変え、首を伸ばしてきた。私はベッドに座ったままちょっと身体を前にずらして、もう一度手を伸ばした。そして、ついに私の指先とニッキーの鼻先がタッチ!
 ただお互いに楽をしただけなのだが、ようやくタッチが成功した時は、何故か嬉しかった。ニッキーのしっぽは全開に振られていた。
 暑さのあまり動きたくない。でもべたべた触れ合いたいふたり。ちょっとわがまま?


■2002/07/09 (火) 久しぶり

 梅雨時は耳の炎症がひどくなるニッキー、キタナクなった耳が臭うことを考えて、なるべく人中に出るのを控えていた。
 で、今日は久しぶりの電車でのお出かけ。実家日帰りコースだから、ニッキーにとってはただ移動しただけなのだが、改札を入るとテンションがちょっとあがる。最近、雨を避け暑い時間を避けると、なかなか散歩もお出かけもニッキーが満足するようなものにならない。だから久々の本格的なお出かけは嬉しかったんだろう。
 某私鉄の乗車試験以来何度も利用した駅では、JRの改札を出てからエレベーターに行くのを覚えていて、Find the door! と指示すればエレベーターまで連れていってくれ、Switch! でボタンを見つけて押す。しっぽを振って得意そうに。駅員さんが「なんかこの犬、嬉しそうですねぇ」と感心(?)するほどだった。
 ニッキーは車が大好き。目の悪い私は当然車が運転できないから、ニッキーにとっての「車」は、犬連れで遊びに行く時の友人の車か、うちの両親が運転して家族で出かける車だ。どこかに行けるのが嬉しいだけでなく、狭い車内で沢山の人が自分の側にいてくれることも嬉しいらしい。
 それに比べると電車は、ずっと固い床に伏せていなければならないし(寝ててもいいけど)、人に踏まれそうになるし、ストレスの多い移動だと思う。それでもいつのまにか、ニッキーは電車で出かけるのが大好きになった。
 子供の頃から障害を持っていた私は、「ひとりじゃ危ないから」「電車は大変だろうから」と家族を含め実に沢山の人達の車に乗せてもらった。でも、特訓の末に電車に乗って出かけられるようになり、ひとりで行動できるようになった時の嬉しさは、やっぱり特別だった。腕が筋肉痛で上がらなくなろうと、時間が数倍かかろうと、気兼ねなく自分で出かけたい。
 ニッキーと日本の電車に乗れるようになった時、初めてひとりで外出できた時のことを思い出した。誰かの都合を考えて我慢するのでなく、自分で行きたい場所を見つけて出かけられる、という当たり前のことがどれだけ嬉しかったか。
 そんな気持ちが、きっとニッキーには伝わっていたのだ。そして、ふたりきりで出かけた時は、いつにも増して自分が必要とされ、褒められることも、ニッキーは知っている。ふたりで電車に乗れるようになって数ヶ月、駅の改札を通ると嬉しそうにしっぽを振り始めるニッキーが頼もしかった。


■2002/07/07 (日) カッコよさ…

 滅多にないことだが先日、「あれはちゃんとした介助犬じゃないよ」と私の後ろで声がした。自信を持って言うが、ニッキーは落ち着いて私の側にいて、介助犬として相応しくない行動は全くなかった。
 場所はとあるお店のレジ前だ。お店の人がこんなことを聞いて、せっかくの入店許可が取り消されたら大変! 私はニッキーのIDと証明書類、それから交通機関の許可証まで出して、彼が「ちゃんとした」介助犬であり、私が客観的に介助犬の必要と使用能力を認められたユーザーであることを説明した。
 理解してもらえたのでほっとしたが、誤解の理由を聞いてちょっと考えてしまった。「介助犬と書いてない市販のバックパック」「チョークチェーンでない普通の首輪と普通のリード」だったからだそうだ。逆に、それらしい見た目さえしていればどれでも認めてしまうのだろうか。
 確かにニッキーが着けていたのは、日本のペットショップでも手に入るバックパックに「ASSISTANCE DOG」のタグとTOP DOGのワッペンを縫い付けただけのもの。訓練用でないバックルの首輪と革リード。
 でもね、アメリカではよくそんな格好の介助犬を見かけた。使いこんで色褪せた市販のハーネスやバックパックにお手製の「SERVICE DOG」のワッペンを糊付け(!)してあるのがはがれかかってたりして。そんな犬がまるで本当にユーザーの手足であるように、さりげなく自然に動き、必要とあれば囁くようなコマンドでさっと仕事をし、よく訓練されてるなぁって感じだと、見た目がしょーもない分余計にカッコいい。ペットショップで買えるナイロンのリードに、そのユーザーと犬にあわせた絶妙な位置に結び目がつくってあったりすると、さすがだなぁと思う。それでいてそのリードが緩んで、全く必要ないくらいだったりするのがまたカッコいい。
 そういうカッコよさに、私はとっても憧れてしまうのだ。ほんとにカッコよくなるには、よく訓練された犬とユーザーの息が合って、以心伝心の糸が気持ちよく張っていなければならない。
 私とニッキーもそろそろあんなカッコよさに近づけたかな、チョークも普段は不要になったし…と思って、わざと市販のバックパックにしてみたんだけど、日本人は誰もカッコいいと思ってくれないのだろうか。
 ちなみにバックパックの中身はIDと許可証(契約書ではなく許可証のみだから紙切れ2枚)、うんこ袋。とても軽いのでご安心を。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/