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くろいぬ日記

黒犬ニッキー、アリゾナ育ちの東京暮らし。

2002年8月の日記

■2002/08/16 (金) ブレーカー

 午後の夕立と雷。
 脳性麻痺の人は急に大きな音がしたりすると手足が勝手に動いてしまうので、私は雷が落ちるたびに椅子から落ちそうになったり、身体がいきなりつっぱったりしているが、ニッキーは全く動じない。怖がりなくせに雷は怖くないみたいだ。大きな音に慣らす訓練をしたから当然と言えば当然なのだが、飼い主がびびっている時に平然と寝てるのが憎たらしい。
 雷が落ちる音がえらく近い気がして、来るかな、と思っていたらやっぱり、どっかーんと我が家のすぐ近くに落雷した。同時に、しゃべっていた電話が雑音と共に切れ、換気扇もエアコンも止まり、テレビが消え、灯りも一斉に消えた。急に静か。夕立の音もいいな、と呑気に思ったりして。
 静かなのはいいけど、ブレーカーを上げられないから困った。刻一刻と冷蔵庫の中の食べ物や冷凍庫のアイスが危機にさらされている。湿度と温度もじわじわ上がる。年に1、2回あるかないかのことだが、ニッキーがブレーカーを上げられるようにでかい踏み台を作っておくべきだった…と毎回思う。
 私は充電掃除機の取っ手を外し、それを使ってブレーカーを上げることにしたが、小さなスイッチの方だからなかなかうまくいかなかった。何度かやってみて、最後に「あ〜もうっ!」と直接手を伸ばしたりする。くわえにくい物を無意味に前足でがしがしするニッキーの気持ちがちょっと解る感じ。
 ところがなんと、壁につかまって手を伸ばしたら、ぎりぎりでブレーカーを上げられた。本人がいちばんびっくり。今よりうまく立っていられた引越し当初の頃(10年前)だって、このブレーカーは上げられなかったんだから。
 もしかして私、この年にして背が伸びたの? それとも車椅子を動かしているうちに腕が伸びたの?? どっちも考えにくいことではあるが、出来れば腕より背が伸びたんであって欲しい…。
 ニッキーはというと、私がそわそわいらいらしながら玄関でブレーカーと格闘していた間は、静かに見ていた。一度諦めて私が部屋に戻ると一緒に戻って、もう風の来ないエアコンの下に寝ていた。で、無事電気が点いた途端、嬉しそうに走り寄って来て、例によってぐるぐる左回りをする。手を出したらちゃんと前足でタッチ。
 電気のことなんか解らないはずなのに、飼い主の様子を察して一緒に喜びに来てくれて、さすが相棒! って思わせてくれた出来事だった。


■2002/08/13 (火) 捜す

 先日、いつもしている安物の指輪をなくした。誰かに貰ったとかではないのだけれど、自分がいちばんうまく行かなくて、立ち直ろうと頑張っていた頃に買ったもので、その後ずっと、ツーソンでの留学生活も一緒に過ごした。ちょっと戦友みたいな思い出深い品である。
 出かける前のあわただしい時に気づいて、思いつく限り部屋中を捜した。ハーネスを着けてしっぽをふりふり出かけるのを待っていたニッキーは、ちょっと待ってて! とハウスに待機させられ、つまらなそうだった。
 ニッキーに捜させれば? と言われるかもしれないが、実はニッキー、なくしもの・さがしものには全く役に立たない犬である。側にあるのに気づかずに見当違いなところの匂いをかいでいたり、肝心な時に鼻を使わなかったり、同じ場所ばっかり探していたり。麻薬探知犬になれなかったのも納得だ。エレベーターのボタンとか、家の電話とか、冷蔵庫の中のボトルとか、比較的場所が決まっているものはいいけれど、リモコンがこたつの中に隠してあったりすると、なかなか見つけられない。
 結局指輪は出てこなかった。そして3日後の今日、またまたなくしものしてしまった。なんと今回は、必需品のエアコンのリモコンが見当たらない! 気温は容赦なく上昇し、人間は汗だく・犬は舌を出して必死でリモコンを捜した。指輪と違って、今回はニッキーが知っている物だから、一応捜索に参加してもらう。「ファインド・ザ・リモート!(リモコンを見つけて)」
 予想通り、ニッキーはいつもリモコンがあることの多いテーブルやベッドの横やデスク周辺をチェックしただけで、後はひたすら私の邪魔をしていた。邪魔をしているつもりはないんだろうけど、私が捜すところに一緒に鼻を突っ込んで、匂い捜し部門を担当してくれる。暑苦しいったらない。本犬は手伝ってるつもり…だよね?
 ニッキーは普段、結構自分の判断で仕事をすることもあるが、私と別行動で何かをすることがないから、手分けして捜すとか単独で捜しに行くとかが出来ない。私の言葉と表情を確認しながらでないと駄目なのだ。可愛いけど問題かな。
 リモコンは無事見つかった。そしてニッキーは、相変わらず見当違いなところに鼻を突っ込んでいたが、偶然にも鼻を突っ込んだ場所になくなった指輪があったので褒められた。めでたしめでたし。ああ、暑かった!


■2002/08/10 (土) 暑さ対策

 ニッキーのハーネスには、付属のちっちゃなポーチがある。ハーネスに取り付けると、背中の真ん中にミニサイズのリュックを背負っているみたいで、なかなか可愛い。そう、よくあるサドルバッグと違って、背中の上に荷物が乗った状態になるのだ。
 もちろん中身は軽いものだけ。IDカード・ワクチンの証明書・交通機関の許可証・保険証書の紙類と、うんこ袋、ティッシュ、私の障害者手帳。ポーチの中はまだまだ余裕があるので、先日思いついて保冷剤を入れてみた。本当なら後頭部から首筋を冷やしてやりたいところだが、肩の辺りが冷えるだけでも楽なんじゃないかな。
 そして。ええ、大方の予想通り、保冷剤は結露してたっぷりの水滴をつけてしまった。ニッキーの資格と安全性を証明する大事な紙類が水浸しになり、濡れたポーチは電車の床やデパートの床でどろどろの雑巾状態である。帰宅してから大慌てで紙類(一部は残骸…)を乾かす。湿度の高い日本の夏、おそるべし!
 ポーチに保冷剤を入れる作戦が失敗したので、今日はペットショップで購入した冷えるバンダナを使ってみることにした。付属の小さな袋を水に浸すと、水を吸って膨らみ、蒸発しながら気化熱を奪うので涼しい。それをバンダナのポケットに入れて犬の首筋に当たるように結んでやるものだ。
 きっと沢山水を吸った方が涼しいよね。私はナントカ吸収体の入ったひんやり袋を冷たい水にしばらく沈めたままにしておいた。水をぐんぐん吸った袋はぱちぱちに膨らんで、ソーセージみたいになった。これ以上水を吸えないって感じ。よしよし、これでニッキーも涼しいはず、とバンダナのポケットに膨らみすぎたひんやり袋を無理やり押し込んだら、気持ちよくぱっちんとはじけてしまった。
 せっかく暑さ対策をして出かけようと思ったのに…。何だか暑さ対策に関しては失敗続きの私達なのだった。結局、半分凍らせたペットボトルからちょっとずつ水をかけてやる、という超原始的方法でニッキーの身体を冷やしながら出かけた。原始的な方法がいちばん! と負け惜しみを言いつつ。


■2002/08/06 (火) 今日も記念日

 そう、無事に日本に帰国してから丸2年が経った。去年の今日は日本の育成団体の試験を受けるために京都に行った。そんな記念日である。7月28日は私達にとって、訓練をやり遂げて正式に介助犬として歩き出した、嬉しい出発の日。そして8月6日は、困難の多い日本に戻ってきて、ハネムーンが終わった日かな。
 で、そんな今日、ニッキーはごく普通に1日を過ごしていた。
 ニッキーと私はふたりとも牛乳が好き。私はコーヒーにも紅茶にもミルクを入れるので、ニッキーは、カップとスプーンのかちゃかちゃいう音を聞くと、牛乳のおすそわけを期待して、嬉しそうに私を見る。最近便秘気味のニッキーは毎日ちょっぴりの牛乳を貰うのが習慣になっているので、なおのこと期待するらしい。
 朝、かちゃかちゃの音を聞きつけて満面の笑みでオスワリしたニッキー。でもカップの中身は、粉末を水で溶かすタイプのスポーツドリンクだった。昼、牛乳パックの開く音にまたまた満面の笑みでオスワリするニッキー。でもその時電話が鳴って、私は牛乳を慌ててしまってしまった。そして夕方、かちゃかちゃ音が聞こえて今度こそと気合の入ったオスワリをするニッキー。でも、卵焼きを作るために器に卵をといている音だった。
 私がニッキーをとっても愛しいと思うのは、期待が外れてもおとなしく受け入れている、その聞き分けのよさ。決して「何故くれないの?」って顔はしないし、まして催促なんて絶対にしない。飼い主がすべてを決める、というルールがよく分かっているせいもあるし、欲しいものをいつかは飼い主がくれるはずって信じているせいもあるだろう。
 なんというか、こういうちょっとした時に感じられるニッキーの信頼の大きさに、時々圧倒されてしまいそうな私なのだった。そうだよね、一生絶対に裏切らない約束をしたんだよね。どんな記念日よりも忘れてはいけないのは、ニッキーと時間をかけて結んだ約束かもしれない。
 そんなことを思いながら、改めて1日の終わりにニッキーと牛乳で乾杯した。帰国2周年、これからもよろしくね。


■2002/08/03 (土) 深夜の買い物

 最寄りの某スーパーは夜12時まで開いている。そんな時間に買い物する人っているの? と不思議に思っていたが、今日はついに、その閉店ぎりぎりの時間に、買い忘れたものを買いに走った。もちろんニッキーも一緒である。
 意外にも結構買い物客がいるのに、ちょっとびっくり。都心ではないので、派手なおねえさまとかではなくて、普通のおじさんとか、学生風の手を繋いだカップルとかが、残り少ないお惣菜のとんかつなんかを買っている。でも、さすがに子供がいないので、ニッキーは珍しく一切触られたり邪魔されたりしなかった。
 目的の品だけでなく、ついでにいくつか買い物したけれど、すいていたので、商品を取りやすいように車椅子を動かすのも楽で、今回は物を落としてしまうことも手が届かないこともなかった。だからニッキーは出番がない。
 閉店の準備なのか、店員さんの姿が目につき、いくつも似たパッケージがある中で欲しい商品を見分けるのも、近くの店員さんに声をかけて手伝ってもらえた。これはもともと、文字の読めないニッキーには手伝ってもらえないことだけど。
 お客が少ないせいか、店員さんがレジで介助してくれ、商品を袋に入れてくれたり、その袋を車椅子のハンドルに下げてくれたりする。ニッキーは更に出番がない。何しろ、店員さんはふたりがかりで手伝ってくれるし、レシートまで拾ってくれるんだから。最後に、いつにもまして丁寧に見送られてしまった。
 更に、帰り道のちょっとした歩道の傾斜もでこぼこも、今回は前輪が引っかかることなく乗り越え、ポストの郵便物も落っことさないで取れた。
 こんな日もあるもんだ。たまたま手助けに恵まれて、たまたま小さな日常動作がうまく行き、たまたま通りにくい場所を通らない日。子供に注目されることもなく、仕事の出番もなく、なんとなくつまらなそうなニッキーのために、私は家に入る前にわざとらしく鍵を落としてあげなければならなかった。
 暑い時仕事を頼むとだらだらやるくせに、仕事がなければないで満足しない、繊細なニッキーさんなのだ。今日も一日お疲れさま。


■2002/08/02 (金) 緊張の瞬間

 久しぶりに転んだ。ニッキーは、じっと見ていたが来てくれない。最近は暑い日が続いていたから、自主的に夏休みモードである。
 もちろん頼めば仕事をしてくれるんだけれど、自分から「次は? 次は?」という勢いがない。まあ、この前某駅でやってしまったように、他人が落としたコインをちゃっかり拾ってしまったりすることもあるから、ニッキーのやる気も良し悪しだけれど。
 にっちゃん、助けて! と呼んだら、ほいほいやって来て、指示どおり左側に立って、肩につかまらせてくれた。よく誤解されるけれど、これは体重を支えるためではない。私の場合は両手を床についてゆっくり立ち上がれるが、手が床を離れてから、身体をまっすぐに起こすまでのバランスが難しいのだ。つま先立ったまま前に転んだり、立ち上がった勢いで後ろに倒れたりしないように、ニッキーの肩につかまってゆっくり姿勢を変えていく。
 だから、いちばん緊張するのは、立ち上がる瞬間よりも左手をニッキーの肩に置いて少しずつ足の位置を変えていく時だ。ニッキーはその間、頭を下げて前足をぐっと踏ん張っている。
 ところが今日は、水をがぶがぶ飲んだ後だったので、緊張の瞬間にニッキーは突然「ぐふ!」とげっぷをし、鼻から水が。私は笑い出してしまった。深刻な顔していきなり鼻から水が出るんだもん、おかしくて。私が笑ったらニッキーも緊張が解けて、踏ん張っていた肩の力がすっと抜けたのが感じられた。慌てて「ブレイス(支えて)」とコマンドし直した。
 私が無事立ち上がってから、ニッキーは改めて鼻をなめていた。こいつ、いつか緊張の瞬間におならもしそうな気がする。その時笑っちゃったらどうしよう…。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/