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くろいぬ日記

黒犬ニッキー、アリゾナ育ちの東京暮らし。

2003年4月の日記

■2003/04/29 (火) ボニーさんに会った・2

 講演の内容のことも少し。と言っても、一参加者の私が何を感じたかということだけを。
 会場には、犬の訓練を勉強していたり、それを職業としていたり、介助犬の育成団体で働いていたり、などなど犬に関わる人達が大半だった。だからきっとほとんどの人は「犬」の話を聞きたかったんじゃないかな。でも、話は「人」のことを中心に進められた。それでいて私にとっては、やっぱりニッキーとのいろいろなことを考え直すきっかけになるような講演だった。
 少年院の子供たちが、少年院に来るまでどんな暮らしをしていたのか、何を求めているのか。子犬を抱き、介助犬の訓練に参加し、障害者と犬の共同訓練の補助も行う、その中で、何を得るのか。
 ニッキーの昔を思い出した。
 何十頭もの犬と一緒に犬舎で過ごしていた期間が長かったので、ニッキーは一対一で愛される経験がなかった。前の訓練では落第しているせいか、何をしても「これでいいの?」と自信なく人の顔色をうかがっていた。
 アメリカで介助犬の訓練を受けていたときは、何よりもそんなニッキーに成功させ、自信を持たせるように、小さなことでも出来たら沢山ほめていたっけ。インストラクターは私に「ニッキーは素晴らしい犬よ」と言い続けてくれた。私自身が自信を持つために、それに、ニッキーをもっともっと、無条件に愛するように。卒業した時に私達が得たのは、自分自身への自信とパートナーへの信頼だった。
 きっと、子供達が体験するのは、私が体験したこととちょっと似ていることじゃないか、と思う。もちろん、自分の経験の範囲で考えようとしたり、自分に重ねすぎるのは禁物だけれど。
 会場の他の人がどう考えたかは分からない。中には都合よく言葉を解釈してしまう人も、自分の仕事と関係のあることだけ聞こうとしてしまう人もいるだろう。でも、沢山の人にとって、「犬」だけでなく、「特別な子供達」だけでもなく、もっと大きな人や動物や社会の関わり全体を、考えるきっかけになればいいなぁ、と思わされた。
 ニッキーは講演の間、静かに寝ていた。介助犬だから当たり前だけど、この日は「どこにいてもリラックスできるのがニッキーの才能なんだよね」と褒めてあげたい気持ちになった。


■2003/04/29 (火) ボニーさんに会った・1

 4月の29日から5月5日まで、つまり連休期間中ずっと、私とニッキーはボニー・バーゲン博士の講演会とセミナーに参加してきた。
 ボニーさんは、世界で最初に介助犬の育成を始めた人で、現在は介助犬の育成とトレーナーの養成、少年院と協力した更生プログラムなどを行っている。でも、私が単純に彼女をすごいと思うのは、やっぱり介助犬と暮らす障害者として。
 私が最初のアメリカ旅行で出会って「こんな介助犬なら欲しい!」と思わされたのも、ボニーさんが育てた犬だった。アメリカの友人達からも「次の介助犬もボニーの犬が欲しい」とか「ボニーになら安心して頼める」という言葉を聞くことが多い。訓練方法とか組織の運営のことよりも、障害者の手足として、そして家族として、パートナーに信頼され、愛される犬を30年近く送り出している、彼女の育てた犬と暮らす沢山の人達が満足していることって、すごいと思う。だから、私にとっては手塚治虫と同じくらい雲の上の存在だった。
 この日は、午前中のイベントからボニーさんと一緒だったので、いろんな話を聞くことが出来た。
 彼女が「動作や行動に不自由がある人を助ける犬」を思いついたきっかけや、医師も盲導犬協会も犬の訓練士も、無理に決まっている、と否定したこと、福祉関係者も「障害者をいかに保護するか」ばかりで、障害者が自分の意思で行動することは考えられていなかったこと…同じ頃、同じカリフォルニアではバークレイの自立生活運動が始まろうとしていた、そういう時代。
 いろいろありすぎて、詳しい話はゆっくり「ふたりあるき」でアップしようと思うけど、講演も終わって、会場を去るボニーさんに声をかけて少し話した時、「あなた達はいいチームね」と言ってくれたのが嬉しかった。
 ニッキーは、ここしばらく運動不足の上に、私の緊張が伝染して、この日、無意味に興奮したり、気が散ったりで、決していい仕事をしていなかった。それでも、ちょっとした私達のアイコンタクトや仕草から、「いいチーム」と、介助犬に関しては世界の第一人者が言ってくれたんだから。
 最初は障害者の物理的・身体的な助けになるかと思っていた介助犬。でも長年育成を続けた今、ボニーさんは言う。「自分で行動できる自信、それにパートナーが側にいる安心感、愛されていると感じること。介助犬は、障害者の心も支えてくれるのです」と。
 


■2003/04/25 (金) グーちゃん?

 初めての駅、初めての場所。ちょっとわくわくする気分を久しぶりに味わった。
 初めて乗る某地下鉄、駅員さんに頼んで、乗り換えは古そうな荷物用エレベーターを使う。工事現場のような、騒音と細い通路、足元は鉄板だった。おまけに暗かったので、私にはほとんど何も見えない。
 ここのところ、広い通路やエレベーターに慣れてしまっていた私は、駅員さんに「車椅子を押さなくてもいいです。前を歩いて誘導してくれたら、ついて行きますから」と軽い気持ちで言ってしまった。でも、車椅子を押してもらったほうがよかったと、一瞬後悔した。
 駅員さんが歩く速度は結構速かったので、ニッキーを一歩前に歩かせて、車椅子を引いてもらう。ニッキーは、何度も私の友達や家族と出かけているので、誰かについていくことは自然に覚えていて、私が見失っても駅員さんのいる方へ連れて行ってくれた。途中で一度、ニッキーが急に立ち止まった時は、意外なところに鉄の棒みたいなのが突っ立っていた。縦に並んでそこを通り抜け、無事にホームにたどり着いた時は、内心達成感みたいなものまで感じた。ニッキーがいなければ、車椅子を押してもらうしかない場所。こんなふうにふたりでクリアできた時は本当に嬉しい。
 ニッキーにも多分、彼なりに達成感や満足感があったのだろう、いつにもましてしっぽが上がり、得意そうだった。小心者のくせに、時々こうやって調子に乗り、「俺ってグレイト!」みたいな態度になる犬である。
「バイバイ、グーちゃん!」
 別れ際に、犬が好きそうな駅員さんはそう言った。
 そう、ニッキーが自信を持って歩いてくれるように、「Good! Good!」と何度も声をかけていたから、それが「グー」という犬の名前だと思われてしまったらしい。それも嬉しかった。
 本当は、いつでも「グーちゃん」になるくらい、ちょっとしたことでも出来たら褒めなければいけないんだけどね。簡単に出来ることだって、やってくれて当たり前なことはないんだから。
 ちなみに、「Go potty」と指示して排泄させていたら「パティちゃん」だと思われたこともある。「カイスケくん」だと思われたこともある。犬の名前を聞かれて(そういう時教えると、名前を呼んでかまわれ、犬の気が散ってしまう)、教えたくないから「タクヤです」と答えたことも。いろんな別名を持つニッキーなのだった。


■2003/04/22 (火) 茶々丸頑張る!

 実家の猫軍団5匹。全員が迷い猫や捨て猫や野良猫だった経験の持ち主である。
 黒猫のタンちゃん14歳、三毛猫のちょび12歳。リズとギギは今月で2歳。唯一「多分10歳ぐらい」とあいまいな年齢しか分からないのが茶々丸。この子は数年前庭先に住み着いた元野良だ。経歴も分かっていない。
 片目が見えない本当の理由も、どんな人に飼われていたのかも分からないけれど、人が好きで誰にでも愛想がよく、家の中では布団やソファに直行するから、飼われていたらしいことは想像がつく。
 そんな茶々丸が、急に食欲と元気をなくしてしまったのは、2週間ほど前。動物病院で肝炎と診断されて点滴を続けたが、よくならなかった。検査をしたら、猫エイズとウィルス性白血病、命とりなふたつの病気に、両方とも感染していることが判明。
 10日、私は実家に呼び戻された。茶々丸に、最後に会いに来なさい、と。覚悟しつつ、やせて小さくなってしまった茶々丸に対面した。それでもごろごろをはじめ、ころりんとおなかを出す甘えポーズも見せてくれた。
 食べることも遊ぶことも出来なくなっていたけれど、彼は彼なりに、人間にかまってもらうのがそれでも楽しいのだ。エイズと白血病という病名に打ちのめされているのは人間だけで、当の猫はまだまだ生きようとしている!
「厳しい状態です。でも茶々くんは生きたがっていますから」
 信頼する獣医さんもそう言って、治療を続けてくれた。夜は抱いて寝てやり、朝の10時から夜の7時まで病院で点滴を受ける生活が数日続いた。
 そして、茶々丸は戻ってきた。今回は、肝炎を克服してくれた。
 獣医さんに「エイズも白血病も、ぎりぎりで発症は免れたんですね。これからもよく注意して…」と言われたのが昨日だ。
 茶々、頑張ったね。人間が大好きな君はきっと、私達のそばにいることを選んでくれたんだね。ありがとう。
 生きること。
 苦しくても生きたいと願えること。
 なんだか猫に教えられた私達だった。
 茶々丸は現在、よく食べ、子猫に返ったようによく遊んでいる。いい年をして紐を追いかけて飛び跳ねたりして。大事にされる茶々にやきもちをやいて、ニッキーまで子犬に返ってしまい、布団にもぐりこんできたり、茶々丸と紐のとりっこをしたりで、妙に平和な光景。
 生き物を飼う以上、常にどこかにある思いを、改めて感じる。
 一日でも長く一緒に…。


■2003/04/01 (火) かたづける?

 私は典型的な「片付けられない女」である。何もしていなくても部屋は散らかっていく。
 先日、ニッキーに「ハーネスを持ってきて」と言ったら、いつもハーネスが置いてあるはずの場所に直行した後、うろうろとあちこち歩き回り始めた。ハーネスはそこになかったのだ。私も視力が弱いから、どこにハーネスがあるのかとっさに判らない。ニッキーは自分のハウス付近を探し回って、ハーネスを見つけてきた。探し物が苦手なニッキーだけれど、頑張ってくれたのだ。
「ありがとう、えらいね、見つけてきてくれたんだね。今度は片付け物が出来るようになろうね」とニッキーを撫でながら言った。もちろん最後の一言は冗談だ。
 そして今日。隣の部屋の電気をつけてもらおうと、ニッキーに指示を出した。「ゴー(あっちに行って)、アップ(テーブルに前足を上げて)、クリック(紐を引いて電気を点けて)」。ニッキーはこの動作を何度もやっているから、何の迷いもなく隣の部屋に行った。でも、なかなか灯りが点かない。どうしたんだろう?
 見にいくと、テーブルの、ニッキーがいつも前足を載せる場所に、なんだかいろいろな物があって、アップができないようだった。あわてて片付けようとしたら、ニッキーが、テーブルの上のティッシュの箱を突然くわえてたたみの上に放り出した。続いて本をくわえて同じく放り出す。
 そう、ニッキーはとうとう、自分で余計なものを片付けて、足を載せる場所を確保したのだ。そんなこと教えていないのに、散らかしてばかりの飼い主と暮らして、「片付ける犬」に成長したのだろうか。
 ニッキーが頭を使って仕事をしてくれたのは嬉しい。でも、とうとう犬にまで「かたづけろ!」と叱られた気がして、ちょっと落ち込んでしまった。私って…犬以下かも。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/