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くろいぬ日記

黒犬ニッキー、アリゾナ育ちの東京暮らし。

2003年5月の日記

■2003/05/30 (金) 140センチ

 とうとう買ってしまった。人間用の、母親と子供がペアで着られるTシャツ。
 某激安ショップではなかったので、私としてはちょっと出費。でも、あまりにも着るものに構わない(10年以上前の安物を平気で着たりしている)私は、普段ほとんど洋服にお金を使っていないので、まあいいか、と自分を納得させる。
 ニッキーのハーネスと私の車椅子は同じく赤と黒だから、それに合う色を選べばお揃いで着られる。今回は、濃い目のオレンジ色がいいかな、と思っていたところ、とあるお店でいい感じ(私の好み以前に、ニッキーが着られるシンプルさ)のを発見。
 子供用Tシャツを手に、サイズを見たりしている私に、店員さんが声をかけてきた。「お子さんはおいくつですか?」
「な、7歳…です」
「それではもう少し小さなサイズ…」
「いえ、大型犬なもので…あ、その、抜け毛が…」
 犬に着せると言ったら嫌がられると思って、つい言い訳がましくなる。
 一瞬の間があって、私とニッキーを見比べた店員さんは、その後ニッキーのサイズを測ってくれたり、親切に合うものを探してくれた。そして、
「こちらでしたら、ママ用もありますよ」
 ママ、という言葉に一瞬抵抗を感じる。確かにニッキーに対して「親」になる時もあるけれど、擬人化するみたいで何だか嫌。でも結局、親子用のTシャツを買い、お店のスタンプカードも「お子さま」の欄に「ニッキー・7歳」と書いて作ってしまった。うーん、なんだか…でも、ニッキーが人間並みに長生きしてくれそうな感じだからいいか? 元気で長生きして、いろんなところに一緒に行こうね、ニッキー。
 ニッキーのサイズは、身長140センチの子供用がちょうどだった。これで今度から、人間用のTシャツは選びやすくなったので、ちょっと嬉しい。夏場は暑さ対策で、白いシャツを買おう。


■2003/05/25 (日) 打倒駅員さん

 我が家から実家に行く時は、最低でもみっつの駅でエレベーターに乗る。駅員さんが先に行ってエレベーターのボタンを押してくれることも多いけれど、この日は3度とも、駅員さんより先にニッキーがボタンを押すことに成功した。
 ニッキーは、後ろ足で立ち上がったり、飛びついたりが大好き。だからボタン押しも大好きで、エレベーターの前では「スイッチ(前足でボタンを押して)!」の言葉を待ってしっぽを強力に振っている。
 必要のない時にはなるべくさせないようにしていた。車椅子用の押しボタンを、ゆっくりでも、私が押せばいい。でも、私がボタンを押そうとしてもたもた車椅子の方向を変えたりしていると、いつも駅員さんが押してしまう。これがちょっと口惜しい。
 そこで今日はニッキーと勝手に「打倒駅員さん」の誓いを立ててみた。久しぶりに私は車椅子で走り、ニッキーも気合が入っていたので全てのボタンを一発で決めた。
 私とニッキー、ふたりにしか分からない満足感。エレベーターの中で顔を見合わせてにんまり。

 そうそう、ある乗り換え駅では階段の左隣にスロープがある。ニッキーはそういう時、当たり前だけど必ずスロープに行く。ところが今日は、ニッキーが左に行こうとしているのに気づかずに私が勝手に階段に進んでしまった。
 階段ぎりぎりのところで、ニッキーは右に曲がり、私の車椅子の前に割り込んで教えてくれた。
 私が車椅子を一旦停めて「どっち?」と聞けばスロープを選ぶというのは、訓練で教えたけれど、車椅子の前に回りこんで知らせることは教えていない。ニッキーが自分で考えてやってくれたのだ。単に自分が危ない目に遭いたくなかっただけだとは思うけど…ね。
 よく仕事をしてくれた今日の夕食は、デザートのりんごつきだった。


■2003/05/23 (金) 命日

 1983年の今日、リリーが死んでから、20年が経った。
 20年って言ったら、生まれた赤ん坊が大人になっちゃう時間だ。う〜〜む。
 リリーは捨てられていた猫。今は野良猫もほとんど洋猫の血が入っているけど、リリーはほぼ純粋の日本猫だった。バランスのいい骨格ときれいな顔をして、しっぽは太くて長く、真っ白。捨てられ猫でも私の自慢だった。
 どこのうちでも、子供が拾った猫の世話は結局母親の仕事になり、猫はご飯をくれるお母さんにいちばん懐く。でも、リリーは何故か私にべったり。眠い朝に起こされたり、本の上で寝られたり、しつこく足元に絡みつかれたりして、私は結構邪険にしたけれど、平気でくっついてくる。
 いじめられっ子の私に、学校の先生はよく「いじめられる側に原因がある。自分の性格を考えろ」と言った。障害児だって素直で明るい子はいじめられない。私はひねくれて暗い子だったから、ある意味先生の言葉は正しい。
 だけど、リリーは愛情の押し売りを続けてくれた。歩けなくても、性格が悪くても、そのままの私が大好きで、必要で、大切なんだと、伝え続けてくれた。しつこいすりすりや、ざらざらの舌で舐めてくることや、爪で服のすそを引っ張ることや、本棚から次々本を落っことすことや、布団にもぐりこんでくることや、勝手な時間にちびた鉛筆を持ってきて遊べ遊べと訴えることや、足がしびれるまでひざに乗っていることや、背中によじ登ってくることや、机の上でころりんポーズをすることや、私の部屋を勝手に爪とぎ場所に決めることや、その他ありとあらゆる方法で。
 リリーがいなかったら、そのままの自分を好きになる、という当たり前のことが出来ないままだったかもしれない。ま、殊勝に自分の性格を反省した方が将来のためにはよかったんだろうけど。
 私が、反省することなくやや明るくなった頃、2歳でリリーが突然死んだ。原因は今でも分からない。自殺しようと思ったくらいショックだったけど、最後にリリーが教えてくれたことは、大人になっても言葉には出来ない、いちばん大切なことだったと思う。
 それが、20年前の今日。
 大切な転機をくれたリリー、ありがとう。20年経った今の私は、相変わらず性格が悪いけど、それなりにしあわせだよ。
 以上、くろいぬ日記にしろねこの思い出。


■2003/05/21 (水) プロの仕事

 とある女性カメラマンと電話でお話ししていて、例によってしょーもない疑問が浮かんでしまった。「女性の場合は、カメラウーマンって言うんですか?」彼女の答えは「カメラマン、ですねぇ。フォトグラファーって言う人もいますけど」。
 私のイメージとしては、例えば雑誌の取材とかで必要な写真を撮るのがカメラマンで、自分のテーマに沿って写真集なんかを出す人がフォトグラファーって感じがあった。で、彼女は言う。
「私はカメラマンなんです。例えば夕日の写真を撮らせたら、素人で写真大好きな人も、私より綺麗な夕日を撮りますけど、今ここで、決められた時間と限られた機材で、確実に満足できる夕日を撮るっていうプロの仕事なら負けませんよ。それがカメラマンですから」
 彼女のさわやかな自信とプロ意識に感心。
 ニッキーはその話をしている間寝ていた。電話を切って、立ち上がりかけた時、コードレスの受話器が落ちた。中途半端な姿勢で私が「あっ」と声を上げた途端、ニッキーはするっと私の身体とベッドの間に入って受話器を拾い、私が体勢を戻すと、右手に手渡してくれた。
 競技会にもデモンストレーションにも向かない、マイペースなニッキー。さえない動作だけれど、この辺は経験豊富なプロの仕事なんだね。命令に反応するとか、決められた見栄えのいい動きをするとかではなくて、私の気持ちや表情を読んで行動するのがニッキーの仕事だから。
 日本一無名な介助犬ニッキーは、相変わらずデモとか講演とかには縁がない。多分ずっと、私ひとりのためにだけ働く犬として、引退までの数年を過ごすのだろう。
 時にはそれが、誰にも認めてもらえていないことのように思えて、ニッキーに見栄えのいい動作を要求してしまうこともある。ニッキーはプロの介助犬。誰かに見せるのではなく、私の暮らしの中で役割を果たす犬。誰よりも私が認めてあげないといけないのに。
 ニッキー、私は君の相棒として、本当にプロになりたい。君の心と行動を、誰よりも確実に受け止める人でありたい。

■2003/05/19 (月) 深夜と早朝

 ニッキーは、シニアフードに変えて以来太った。ベスト体重は28キロなのに、ただいま30キロ。まあ、車椅子の私と散歩したってたいした運動にもならないとは思うけれど、とにかくどんなに忙しい日でも、絶対に散歩には行くと決めた。
 何かと忙しかったこの日も、深夜になってから散歩に行った。人も車もほとんどいないから、広めの歩道でかすかに下り坂になっている場所で、思いっきり車椅子に勢いをつけて全力疾走。ニッキーは喜んで走るかと思ったのに、何故かギャロップでは走らない。律儀なトロットのままだった。
 昔々暴走犬だった時代に私を引きずって走り、危ない目に遭わせて以来、ニッキーは「相棒と一緒の時は、早足にはなっても走らない」と自分で決めているらしい。その心がけは立派だが、車椅子より遅れてしまうってのは情けないよ、にっちゃん…。
 この時間には、とあるお店の駐車場が空っぽになっている。適度な広さで、土の地面があり、フェンスに囲まれているという好条件なので、少しニッキーを遊ばせてみた。私が楽しげにテンション高く車椅子を走らせると、ニッキーもつられて、飛び跳ねたり走ったり。
 そんな風に時間を過ごして、ハーネスを着けてコンビ二により、家路につくと、もうほんのちょっと空が明るくなってきていた。夜が明ける、というのが当たり前なのに何故か嬉しくて、ニッキーとふたり、道の真ん中でしばし空を見上げていた。
 時々は、深夜早朝の散歩、これからもしてみようかな。


■2003/05/13 (火) 愛玩犬な一日

 ボニーさんのセミナーでは、彼女の訓練法の基本を理解するために、実際に「ダンベルをくわえる」「スイッチを鼻で押す」「ドアを前足で閉める」とかの動作を、参加者が自分の犬に教えたりもした。
 でも、ニッキーはそういう動作を既に知っていて、毎日やって身体に染み付いているから、新しく教えることで犬も飼い主も勉強する、ということが出来なかった。7歳という年齢、そして頑固でマイペースな性格からも、他の犬に比べて新しいことを吸収するのが遅そうだったし。
 例えば、物を持ってくる動作を、私はボール遊びで教えてしまった。遊びを通して教えても、もちろん最終的には仕事として理解させるけれど、それとは違う方法で、もっともっとニッキー自身の考える力を信用して教えてみたかったな、と最近は思う。
 なので、今回セミナーで何かを教えるのは楽しみにしてたのに…現役介助犬のニッキーには、どれも「いつもの仕事」。唯一セミナーで覚えた新しいワザは「ごろん」だった。ボニーさんの訓練所では、介助犬に「ごろん(Roll)」を教えている。障害者が自分で犬の手入れや健康チェックが出来るように、犬がごろんとおなかを見せるのだ。
 ニッキーはもともとおなかを見せるのが好きなので、新しい動作として、完全に一回転する「ごろん」を教えた。犬に手を触れず、言葉のタイミングとターゲティングで、段階を踏んで覚えさせる。
「新しいワザだよ」と母に披露すると、母はとっても嫌な顔をした。「にっちゃんは介助犬でしょ、芸をしてたらペットになっちゃうよ」
 その気持ちよく分かる。私自身も、必要のないことを遊びでさせてはいけないと考えているし…すると母は、「どうせなら『ハーイ』って手をあげるのがいいなぁ」って…おいおい。
 かくしてニッキーは、「ごろん」に続いて「ニッキー君、ハーイ!」で右手をあげるのを覚えさせられた。この教え方に慣れたのか、ほんの数分でハーイを習得したニッキーに、母は言う。
「にっちゃんは引退したらお母さんのペットになるんだもんねぇ」
 ニッキーは、その言葉に右手を上げて「ハーイ」と同意していた。
 介助犬とペットは違う。違うけれどそれ以前に、ニッキーは家族。介助犬として私に必要な仕事は全て覚えているニッキーだけれど、新しいことを楽しんで、お互いに勉強するのも悪くないよね? これって言い訳かな?


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/