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くろいぬ日記

黒犬ニッキー、アリゾナ育ちの東京暮らし。

2003年7月の日記

■2003/07/28 (月) 4年生だね

 今日は、3年前に介助犬の認定試験にパスした記念日。パートナー抜きで犬が認定されるなんてことはありえないから、正確には、ニッキーと私が「チーム」として卒業した記念日だ。
 毎年、どこかにふたりで出かけるとか、ささやかなイベントをしているのだけれど、昨日も出かけたし、今回はニッキーの休日にした。
 あれから日本の状況は変わり、法律が出来、海外の認定証は紙切れ同然になってしまった。それでも、私にとっては変わらない。1年4ヶ月のアリゾナ生活と、長かった訓練と、いろんな体験は宝物だ。
 たとえ日本で意味がなくても、一緒に頑張ったり、時々(というかしょっちゅう)叱られたり、時々(というか毎回)励まされたりしたインストラクターや仲間たちに、「もうあなたとニッキーは大丈夫」と卒業を認めてもらったことも、小さなIDカードも、記念日も、忘れられない。
 卒業式は、Top Dogのポトラック(持ち寄りの小さいパーティ)で、同期の卒業生と一緒に、みんなにおめでとうと言われ、英語でたどたどと何か話しただけ。
 卒業した時、「それまで訓練を頑張ってきたこと」よりも、「これからもニッキーとなら一緒に頑張っていけること」を感じた。
 今でも変わらない。7歳になり、介助犬4年生になり、使役犬としての黄金期もそろそろ終わるニッキーだけれど、「今までよりこれからの方が、きっと頑張れる」と思う。
 よろしくね、ニッキー。あと3年くらい、介助犬として働けるかな。それからは、出来るだけ長く、のんびり一緒にいようね。
 ニッキーにはプレゼントとして、骨型のおやつをあげた。本物の骨をあげたらさぞ喜ぶだろうけど…また下痢をしちゃったら大変だもん。これから何度も何度も記念日を迎えられるように、元気でいて欲しい。

 何だか今回は、「頑張る」って言葉を何度も使ってしまって、「頑張ってもいいけど、こっそり頑張る」が信条の私としてはやや赤面だけど、とにかく記念日。ニッキーも、私も、おめでとう。


■2003/07/17 (木) やばいかも

「ニッキー」が「ニッチー」や「にっちゃん」になるのは、まあ普通。某KさんやYさんが「にっちょん」と呼ぶのも、許容範囲。「キーちゃん」「ニコちゃん」「にこち」も大丈夫かな。
 そう、普段犬の名前をどう呼んでいるか、という話。前にも書いたけれど、ニッキーは大体どんな名前であろうと、呼ばれるとちらっとこっちを見て、私の表情で判断する。外で仕事のための指示を出す時だけは「ニッキー」か「ニコラス」だけれど、家の中とか、ただハーネスなしの散歩をする時は、呼び方もまちまち。
 言われる前に自分で言っちゃうけど、私は溺愛飼い主だもん。もちろん、仕事があり、助け合う関係があるニッキーだから、その部分のけじめとか、信頼関係の維持にはちゃんと頑張っているつもりだけれど、基本的にはニッキーが無条件に可愛い。
「仕事をした時以外はかまわないでおけば、仕事の時に構ってもらえるのが嬉しくてよく働く」という人もいるけれど、私はそうは思わない。それって、おなかを空かせておいて餌で釣るのと同じようなことで、してはいけないと思う。愛情に飢えた犬が愛情を報酬に働くなんて、少なくとも介助犬ではとんでもないこと。
 愛情は報酬じゃない。先に愛情を注がれているからこそ、犬は報酬を求めないで働いてくれる。褒め言葉やご褒美よりも、信頼する人に必要とされているという実感と誇りが、犬を動かしているんじゃないだろうか。
 と、えらそうなことを言って、何の話題かというと。
「仕事もしていないのに撫でたりしたら、犬を甘やかす」なんて言う人もいるけれど、私は今日も、ニッキーをべたべた撫でていた。それはいい。問題はその時、ニッキーに呼びかけたその言葉。
「にゅんにゅん♪」って…これはあんまりだよね…。
 先日「にっちゅ♪」と呼んでしまった時、自分であきれてしまったけど、今日こそはほんとにやばいかも、と思った。既に名前の原形もほとんどないし、完全に「ただの」溺愛飼い主じゃないか!
 やばい。気をつけなきゃ。
 ニッキーは、「にゅんにゅん、電話とってきて」と(いつもの指示語でなくふつーの日本語で)言われて、何事もなく携帯電話を持って来てくれた。う〜む、こんな飼い主に、それなりに慣れてしまっているニッキー、ある意味立派? でも「ただの」溺愛犬にならないでね。


■2003/07/12 (土) たまには…

 介助犬の下痢、これは本当に大変なことだと、しみじみ分かった。万一の失敗や、ニッキーの体力やしんどさやストレスを考えて、私も外出を控えなければならない。
 幸い、病院に行くために実家に戻っていたので、ニッキーがいいうんこをするまで(ってすごい表現だけど)、実家に滞在することに。
 ニッキーにとっては、特別休暇になった。時々私が畳から立ち上がる手助けや、携帯電話を取りにいくことなんかの仕事もあるものの、何しろ体調がよくないのだから、私も本当にどうしても必要なことしか頼めない。
 彼にしてみれば退屈だったのかも。この日、椅子に登って高い棚に物をしまっていた母が、うっかり何かのふたを落とした音を聞きつけて、寝ていたニッキーが起き上がり、落ちたふたを拾い上げて椅子の上の母に手渡したのだ。
 母は大喜び。普段ほとんど相棒の私の言うことしか聞かないニッキーが、自分から母の手伝いをしてくれたので、「ありがとうニッキー! えらいねぇえらいねぇ」と、椅子の上から褒めちぎっていた。
 ニッキーは退屈していて何かをしたかったんだろうし、いつもなら自分で落とした物を拾える母が、椅子の上に乗っているから大変そうだ、と彼なりに理解したのかもしれない。どちらにしても、人と何かをすることが大好きな犬だ。
 私は本当は、愛想は誰にでもいいけれど、主人はひとりだけ! というニッキーの一途さ、頑固さが、何よりいとおしい。だから、こんなふうに母の手伝いをしてしまったりするニッキーを見ると、ちょっと複雑な心境になる。
 でも、たまにはいいか。
 ニッキーは介助犬という職業があるから働く犬じゃない。家族として、人の感情を理解して行動する、という、普通の犬が持っている感受性を、トレーニングと、障害を持った相棒との暮らしを通して磨いただけ。
 使用者以外の人の手伝いをするなんて、きっと介助犬としてはいけないことだけれど、ニッキーはそんなことをちっとも考えていない。何も考えずに、家族の中で自分の仕事を見つけるんだね。
 何だかちょっと考えさせられた出来事だった。
 ニッキー、早く回復して、退屈しない現役生活に復帰するんだよ!


■2003/07/10 (木) 災難

 診察の日、ニッキーと共に病院へ。
 本当は、梅雨のじめじめのせいかニッキーの外耳炎が復活してしまい、耳がにおうかもしれないので、病院に同伴するのをやめようと思っていた。でも、入院中に知り合った人から電話を貰い、「今度の診察は10日? じゃあ同じ日だ、嬉しいわぁ、ニッキーに会える」ととっても喜んでもらったのが嬉しくて、一生懸命耳を洗浄して薬を塗った上で、同伴した。
 同じ時期に入院していて、退院した人。まだ入院している人。それから、これから入院するという人。偶然、病院に着くなりいろんな人に会い、予想通りニッキーはみんなから撫でられまくった。しっぽを振り続け、上機嫌なニッキー。
 ところがその後、病院を出て、車に乗せる前に一応排泄させたら、なんとまあ、これまでニッキーが経験した中ではいちばんの、すごい下痢! 前日に、ゆでた豚の骨を貰ったのがよくなかったらしい。消化されなかった骨がごろごろ混じった、水のような便だった。
 搾り出すように排泄しているニッキー、かわいそうだったけれど、それよりも、おなかが痛かったはずなのに、みんなに撫でられてあんなに嬉しそうだったことに、何だか感心してしまった。下痢をしてトイレに行きたいのにファンに囲まれて、笑顔で応対しているキムタク、あるいはベッカム…みたいな心境だったんだろうか?
 それにもうひとつ。病院を出ても、ニッキーは私がリードを持っている限り、堂々と落ち着いて歩いていた。私から母へリードが渡された途端に、近場の植え込みで排泄姿勢になったのだった。彼なりに仕事中は我慢し、リードが私以外の人間の手に渡された時、仕事が終わったと判断したらしい。
 何といっても場所は病院。しかも、ニッキーはその病院で初めての介助犬。もし病院内で排泄してしまっていたら…本当によくぞ我慢してくれた。よくぞよくぞ、プロの根性と切り替えを見せてくれた。ビニールでは処理できないブツをティッシュで処理しながら、グッドグッド、ありがとう! とニッキーを褒める。でも、ニッキーは何だか気の抜けたような、困ったような顔をしていた。まさかニッキー、下痢をしたら褒められると誤解してしまったかな?
 ともあれ、生まれて初めて食べた本物の骨の後、こんなとんでもない災難に見舞われて、食事まで抜かれるはめになり、やっぱりニッキーがかわいそうだった。


■2003/07/04 (金) ストーカーの理由

 ニッキーが、いつにもましてべったり犬になる時が、たまにある。部屋の中でちょっと移動してもくっついてきたり、トイレやお風呂の前でじっと待っていたり。ドアを前足でノックされたりすると、一瞬誰か人間がいるのかと思ってびっくりする。
 昨日の晩も、ニッキーは何故かストーカーになった。そして何度も何度も、私の顔を覗き込んでくる。鼻でつついて、「用事があるんだけど」と訴えてくるので、水入れの水を換えるの? トイレに行きたいの? 何か欲しいの? と聞いてみるけれど、そういう用事でもなさそうだ。
 その謎の答えは、深夜トイレに行った時に分かった。トイレに行く時もニッキーはついて来て、やっぱり私の顔を覗き込んだ。で、鼻水が止まらず何だかふらふらするので、もしやと思って計ったら、熱が出ていた。多分、夜の散歩の途中で雨に降られ、シャワーを浴びるより前にニッキーを拭いたり、餌の準備をしたりしてしまったので、風邪を引いてしまったんだろう。夏風邪、というか梅雨風邪?
 ニッキーはきっと、本人が気づかない微妙な変化を察して、心配してくれたんだろうな。別にこれは介助犬の仕事じゃないけれど、ニッキーはそれを知らせるのも自分の役目だと思っていたのかも。
 ありがとう、相棒。今回はほんとに嬉しかったよ。


■2003/07/03 (木) ちょび復活する!

 そうそう、我が家の大事件を忘れていた。こともあろうに私が入院する前の晩に、三毛猫のちょびさんが家の前で交通事故に遭ってしまったのだ。
 獣医さんが「大変な事故だったね」というくらいで、脊髄が損傷し、頭もゆがんでしまう大怪我。吐き、血尿を流し、ショック状態のちょびさんは、そのまま入院した。
 12歳のちょびさん、亡きおばあちゃんのお気に入りだったちょびさん、頑固でわがままで、とっても猫らしいちょびさん。家族の中で彼女は彼女なりの歴史と存在感を持つ。生きていてさえくれれば…どんな状態でも生きていて欲しい。
 診断は、後躯不全麻痺。腰から下が麻痺し、動かすことは出来るが、感覚がなく、歩くことは困難。それに膀胱に傷があり、排尿も自力では出来ないかも知れないとのこと。「ふらふらしながら、少しは歩けると思いますが…」と沈痛な声で言う獣医さん。でも私達は、人間が歩けないのに慣れているせいもあって、「歩けないくらいでよかった。とにかく生きているんだから」と妙に明るかった。
 私はそのまま人間の病院に入院、ちょびさんは獣医さんで引き続き入院。私は命に関わらない病気の手術なので、家族は専らちょびさんの心配をした。

 1週間後に無事退院したちょび様は、好物のマグロもお召し上がりにならず、ケージもお気に召さず、帰宅早々わがまま全開。そして翌日、なんとケージをこじ開けて、いろんな場所を踏み台に、ついにお気に入りのおじいちゃんのベッドの上に到達、得意げな顔でいつもの場所に丸くなっていた。「リハビリには激しすぎます! ケージに閉じ込めておくように」と獣医さんに怒られ、翌日からケージをさらに紐で縛っておかなければならなかった。
 さらに数日後、ちょびさんはすたすた歩き、自分でトイレに行って用を足し、好きな場所に寝て、窓の外をよその猫が通ると仁王立ちで威嚇していた。獣医さんにも「神経系はうまく回復してますね」とお墨付きを頂く復活である。
 病気と付き合う茶々丸に続き、後遺症との長いお付き合いが始まったちょび。それに、障害と付き合い続けている飼い主の私。
 五体満足で健康でなければしあわせじゃないなんて、そんなことないよね。それなりに、病気や怪我や障害との付き合い方もあり、楽しみ方もあるのだ。
 野良出身のちょびさんはやっと完全室内猫になり、お気に入りの場所で喉を鳴らしながら寝ている。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/