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くろいぬ日記

黒犬ニッキーと相棒の日々、時々猫も登場?

2004年1月の日記

■2004/01/28 (水) 二重のしあわせ??

 スーパーに買い物に行った。食品売り場で落としてしまった品物を、上手にかごに入れてくれたニッキー。食べ物の誘惑にも負けず、かごにそっと入れる様子に、その場に居合わせたおばさんがえらく感心してくれた。で、よく出来たご褒美もかねて、犬用のガムをひとつ買ってあげた。
 ニッキーは、ベッドの上が大好きなのに、何故か骨やガムやおもちゃは、ベッドに持って上がらない。今日も、買ったガムをあげたら、ベッドから飛び降りて、カーペットの上に寝転んだ。「ベッドに乗っていいよ」と声をかけたら、今度は未練たっぷりにガムを口から放してベッドに乗る。
 ガムを拾って、ベッドの上のニッキーに「どうぞ」と差し出したら、ニッキーは、ベッドとガムが同時に楽しめるのがよほど嬉しかったらしく、何度もガムをひっくり返してから、前足で押さえ、しっぽを振りながらかじっていた。
 ニッキーにとっては、大好きな場所で大好きな物をもらえて、二重の幸せだったんだろうか。
 そんなニッキーを見ていたら、なんだか一緒に幸せを感じてみたくなって、パソコンを切り、ガムをかじるニッキーの隣に座ってしばらく過ごしていた。ずいぶんとささやかな、私達ふたりのしあわせである。


■2004/01/26 (月) 小鳥と猫

 なるべく明るくて暖かい時間に散歩に行くことにする。ニッキーと家を出たのは午前9時半ごろだったかな。
 鳥のことはよく分からないけれど、すずめぐらいの大きさの、白っぽいようなグレイのような小鳥が、1羽だけで低く飛んでみたり、ちょんちょんと歩き回ってみたり、何かをついばんでみたりしている。
 ニッキーは仮にも鳥猟犬のはず…最近雑種説が真実味をもって浮上してはいるものの、多分ラブラドールだし、ラブ以外に混血している可能性があるとしてもフラッティ。完璧に鳥猟犬。でも、何の関心もないように、ただ目で追っていた。
 あの鳥、どこかで飼われていた鳥かもしれないと、ふと思った。車が来ても人が来ても、なんとなくマイペースなのだ。ニッキーが通ってもちっとも警戒していない感じがする。
 飼われていたのなら、飼い主は心配しているだろうな。それに、この寒い季節、どこで寝るんだろう。ちゃんと食べ物はあるんだろうか。1羽で行動していて、からすにいじめられなければいいけど。
 心配したところで、私には小鳥を保護することも出来ないし、本当は野鳥なのかもしれない。でも、家に帰ってからパンの耳を用意した。もし明日も見かけたら、一応パンを上げてみよう。
 無責任に生き物に同情する自分がとてもひどい人間のように思えて、自己嫌悪な今日の私だった。
 で、帰り道では、白茶の猫が堂々と歩いているのに会った。自信も警戒心もたっぷりな様子からして、野良猫だと思う。もう10年ぐらい前に同じ辺りに、ものすごく性格のいい白茶の猫がいたけれど、その親戚かも。
 鳥猟犬のくせに鳥に無関心だったニッキーは、猫には一生懸命しっぽを振っていた。
 それにしても。人が作った町は、出来れば野良猫も野鳥も、それぞれ生きていける場所であって欲しい、と思う。

■2004/01/25 (日) 風邪から復活?

 通常の長さの散歩に戻ることが出来た。
 といっても、歩く距離で言ったらせいぜい2、3キロだと思う。途中で買い物をしたり、空き地でちょっと遊んだりすることで、ニッキーの頭と身体を動かす。
 しばらくは体調の悪い相棒のせいで、ほとんど家の中で過ごしていたニッキー。あちこち匂いもかぎたいだろうし、リードを引っ張ってでも前に進みたくなるだろう。覚悟はして出かけた。
 ところが意外にもニッキーはオビディエント。というより多分、久しぶりに外で仕事が出来るから楽しんでいたらしい。「コマンドは? コマンドは?」としっぽを振って待ち、帽子ひとつ拾っても得意そうだった。
 なによりもまず、普通の犬と飼い主である私達。でもその関係の基本は、お互いが必要とし合っている、ということだと思う。だから、必要とされていることが感じられれば、ニッキーだって嬉しい。
 嬉しさのあまり、落ちた帽子を拾う時に前足でがしがししたり、長い杖をくわえて渡す時に危うく飼い主を殴りそうにしたり。それはちょっと問題ありだけれど、楽しそうな姿に、ほっとする相棒の私だった。
 つらそうに手伝ってくれたら気がめいって、家でおとなしく寝てようって気になっちゃうもんね。ニッキーが無意味なほど元気に働いてくれるから、風邪を治す気持ちにもなるのだ。さあ、完全復活まで、あと少し。


■2004/01/21 (水) また風邪

 ちょっと熱が出ると、脳性まひ特有の身体の「緊張」が弱まって、手足は少し動きやすくなる。でも、身体を支えることができなくて転びやすくなってしまうから、結局ほとんど寝ていた。
 私が寝ていると、ニッキーは一応ベッドのそばで寝て、主人を守る忠犬「のように」なっているけれど、頼むから布団の襟元を開けて顔を突っ込んでくるのはやめて欲しい。それに、こういう時だけ自分のおもちゃを貸してくれようとするのも。
 リモコンや携帯電話やティッシュをベッドまで持ってきてくれたり、靴下を脱がせてくれたり、本業ではちゃんと助けてくれたけれど、時々ありがた迷惑だったりもするニッキー。
 試しにニッキーを抱いて寝てみたけれど、やっぱりニッキーのでかい身体が布団に隙間を作ってしまって、寒かったのでやめた。そういえば「犬を抱いて寝ると風邪が治る!」と勧めてくれた知人は、小型犬の飼い主だったっけ。
 私がトイレに行くと、ニッキーは急いで自分のハウスに行き、水を飲み始めた。多分私が寝ている間、そばから離れなかったので、水を飲みたくても我慢していたんだろうな。抱っこ犬には向かないけれど、それなりにかわいい奴なのだった。
 今日の教訓。思いやりも表現の形次第で逆効果! でも、表現を間違えた思いやりもちゃんと受け止めてあげるだけの想像力を持っていたい。


■2004/01/18 (日) 雪が積もらなかった日

 せっかくニッキーと雪遊びをしようと、超重装備防寒スタイルを準備しておいたのに、雪は積もらなかった。で、ごく普通に一日を過ごした私達だった。
 特に書くこともなく過ぎた一日。
 でも、リモコンを持ってきて、と頼んだら、ニッキーは間違えて携帯電話を持ってきた。ささやかな失敗である。
 そして、その携帯電話は充電器につけてあったもので、ニッキーは初めてひとりで上手に充電器から携帯電話を外すことができた。ささやかな進歩である。
 どんな日も、私とニッキーにとって、別の日と同じにはならない。そんなことを思いながら、もう一度リモコンを取りに行かせた。今度はちゃんとリモコンを選んで来たニッキーをほめ、改めて携帯電話も持ってきてもらってほめる。いつもどおりの犬と人の小さな会話。
 私の体調はまだあまりよくないけれど、もう少し復活したら、久しぶりにニッキーとふたりで何か特別な日を作ろうと思った。


■2004/01/17 (土) 変わるもの・変わらないもの

 とっても久々に、コンサートに行ってきた。さすがに、総立ちタイプのコンサートには、ニッキーと行くのは遠慮してしまうけど、総立ちにならないコンサート。(ちなみに、そのアーチストは黒ラブを飼っている。)
 ニッキーとこの人のコンサートに行くのは2度目になる。1度目は電車に乗れるようになったばかりの頃だった。車椅子用の場所で聴いていたら、正面すぐ近くのスピーカーの大音量と振動に、ニッキーは途中から不安そうになったっけ。間の悪いことにその後、雷の効果音(ドラムもあり)が鳴ったりして、ニッキーは我慢して伏せてはいたものの、かなりつらそうだった。
 以来、コンサートなるものにはご無沙汰していたのだが、友人からチケットをもらって、ニッキーと一緒に行ってみた。
 嬉しかったのは、ニッキーが結構余裕で眠っていたこと。もちろん私も、いろいろ方法を考えてニッキーが落ち着けるようにしたけれど、堂々といびきをかいている相棒の頼もしかったこと!
 でも、そんな進歩があった一方で、自宅の最寄り駅について、辺りが雪で白くなっているのを見たときのニッキーは、昔のやんちゃ君そのままだった。「ニッキー、雪だよ!」と高い声であおったら、その場で飛び跳ねたりして。
 人も犬も、変わらない部分はあるんだな、と思う。
 私も、ずっともっとおしゃれな音楽を聴いてばかりいたのに、学生時代によく聴いた歌が懐かしかった。古い古い歌の歌詞が、口をついて出てくる。学生時代の自分の大半を、今は忘れたいし否定したいけど、あの頃の経験や記憶がたくさん私の細胞を作っている。
 ニッキーがいつまでも、雪を見てはしゃぐ元気な犬であるように、私もいつまでも、考え込んでばかりでなかなか行動できない情けない人間なのかな。それでも、自分の中の変わらない部分を受け容れていかないと、ね。変わるべきところで変わるために。
 雪の中でニッキーに話しかける。「ねえ、ニッキーは私の昔を知らないけど、きっと昔のもっと情けない私も受け容れてくれるよね。それが変わらない『私』だとしたら…」


■2004/01/15 (木) こだわり

 私は右利き。でも、パソコンに向かっていて、電話が鳴ったり、何かを落としたりして、ニッキーに持ってきてもらう時は、家具の配置の都合で、左手で受け取ることがある。ニッキーは、手を開いていれば、持ってきたものをそっと載せてくれる。右でも左でも関係なく、差し出された手か開いた手に渡そうとする。
 ところが、家の前で鍵を落とした時だけは、絶対右手に渡してくることに気づいた。別に私、鍵は右手でないと駄目! なんてことはないのに。わざと何度も鍵を落としたりして確認したけど、左手を先に出さない限りは絶対右手。
 以前部屋の前に置いてあった乾燥機が(壊れて)なくなり、最近、今までと少し違う位置に車椅子を止め、車椅子に乗ったまま鍵を開け閉めするようになった。多分それ以降、偶然ほめ言葉のタイミングかなにかで、ニッキーは「家の前で鍵を落としたら右手」という習慣をつくってしまったんだろう。
 面白いなぁ、と思って、散歩中も何度か鍵を落として確かめてみた。自宅のドアの前でないと、別に右手にはこだわらない様子。
 この頃、年齢のせいで以前にもまして頑固なニッキー。なんだかいろいろこだわりがあるらしくて、飽きない犬である。


■2004/01/12 (月)

 とあるドラマを見ていて、ふと思った。その主題歌になっている曲の歌詞だけれど、「I was born to love you...(あなたを愛するために生まれてきたんだ)」の言葉が、なんだか運命的に出会った(と思っている)我が愛犬の思いのように聞こえる。
 どんな飼い主とめぐり合った犬も、きっと一途にそう思うんだろうな。人間が言えば「おいおい、わざとらしい」って台詞になるけれど、犬の純愛はすごい。
 ひとりでちょっと感動していたら、携帯電話にメールが届いた音がした。でも、手が届かない。どうしようかな、と軽く迷う。着信音がした方を見て迷っていたら、ニッキーはなんとなく察したらしい。
 立ち上がって私の顔をちょっと舐めて甘えた後、私の視線の先から携帯電話をくわえてきてくれた。「サンキュー、ニッキー」
 その時、タイミングよくテレビからは、あの歌の続きが流れていた。
「I was born to take care of you」
 すべて中学で習う英語だから訳は書かないけど、ああ、なんとぴったりなことか。思わず、こんな私のために生まれてきてくれてありがとう、君がいなければいろんな意味で生きていけません! とニッキーに頭を下げてしまった。


■2004/01/01 (木) 暴走老犬目指して

 ニッキーが7歳になる前ぐらいから「初老」だの「老犬」だのと言っていた飼い主。そしてとうとう本日は、ニッキー8歳の誕生日を迎えた。一般的に老犬と言われる年齢に到達。
 今年は実家に戻らずアパートで普段どおりの日を送っている。飼い主は、用意しておいたお餅を食べるのをすっかり忘れ、朝からトーストとコーヒーだった。で、テレビをつけて「ああお正月だったんだ、お餅…」というていたらく。
 12月にダウンした分の仕事をこなすべくパソコンに向かい、正月も誕生日も関係なく過ぎていった1日。そのことに、当然ニッキーは何も文句を言わなかった。いつも通りご飯とトイレと散歩を確保され、いつも通り相棒にべったりし、いつも通り仕事をして、いつも通り自分の場所で寝ていた。そしていつも通り、「お祝いだから牛乳あげる」と言ったら喜びのジャンプをしてベッドから転がり落ち、それでもテンションが下がらずに部屋を駆け回った。
 昨日から今日になって、急に変わるものなんかないんだね。犬自身は自分の年齢なんて考えていない。ニッキー自身が自分の老化なんか感じないで、いつまでも暴走できるぐらいに健康で、長生きしてくれたらいいな。
 ニッキー、お誕生日おめでとう。
 年相応の成長よりも、とにかく元気でいてくれたらそれでいい。「ゆったりした老犬との暮らし」は、諦めるからさ…。明日にでも、久しぶりに思い切り走れる公園に行こうね。君が変わらず大好きなテニスボールを持って。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/