日記過去ログトップへ
前の月へ / 次の月へ

くろいぬ日記

黒犬ニッキーと相棒の日々、時々猫も登場?

2004年2月の日記

■2004/02/26 (木) 日本語は大変

 アリゾナ育ちで、どちらかと言えば英語での指示によく反応するニッキー。でも、帰国してから3年以上が過ぎて、日々の会話にも、コマンドにも、日本語が増えてきた。
 英語でも日本語でも、犬が聞き分けやすい響きを選んで、きちんと伝えれば問題ない。今まで英語だったものを日本語に変えたコマンドもあるけれど、ニッキーは特に混乱もせず、仕事をしてくれる。
 でも、今日駅でエレベーターに滑り込み、うまく車椅子の邪魔にならないように動いてくれたニッキーに「ありがとう」と声をかけたら、駅員さんに「いえ、どういたしまして」と返事をされてしまった。
 ニッキーはいいけど、周りの人にとって、日本語を使うのは難しいかな? まさか駅員さんに「いや、あなたに言ったんじゃないんです」なんて言うわけにいかないし。
「グッド」なら多分、聞いた人も犬への言葉だと分かると思うから、しばらくは気をつけて英語を使おうと考えた私だった。
 一方、私が乗り越し清算をしている間改札の手前でステイしているニッキーを、通りすがりのおじさんが「おお、働く犬くん、ごくろうさん」と撫でたときは、わざと日本語を使って、「いけない!」とやった。ニッキーはきちんとステイをしていたから、これはおじさんに向けた言葉なのだけれど、トラブルのないように、犬に向けた言葉のふりをして。
 絶妙のタイミングで、「いけない!」の声を聞いたおじさんは、ニッキーの頭に触れる寸前で手を止めた。言葉のタイミングと語調がちゃんと出来ていれば、見知らぬおじさんも「トレーニング」出来るらしい。
 ニッキーへのコマンド、日本語にするといろいろ大変だけれど、時々はこんな風に役立つこともある。だから当分、バイリンガルなニッキーでいてもらったほうがいいのかもしれない。


■2004/02/19 (木) 気づかない?!

 久しぶりに、時々遊びに行かせてもらう訓練所の介助犬育成募金に、ニッキーと一緒に参加した。ニッキーにとっては、大好きなトレーナーさん達や、他の犬達と一緒にそこにいるだけでも、結構楽しいのかもしれない。
 時々募金してくれた人が犬達を撫でていく。この時は私も、仕事中のニッキーを遠慮なく撫でてもらうことにしている。仕事中に急に手を出すのとは違うし、いろいろな人が予想外の動きや誘惑をする中でのステイや無視の練習が出来るから。
 で、途中でトイレに行きたくなった私は、ボランティアさんにニッキーを頼んで、近くの建物の中のトイレに行った。ニッキーを連れて行ってもいいのだけれど、最近分離不安と戦っているニッキーさんの、いい練習の機会だ。
 私は建物の中でもたもたトイレを探し、やっと発見したトイレはなかなか空かなくて、しばらく時間が経ってからニッキーのもとに戻った。
 ぴーぴー鼻を鳴らしているかな? 嬉しくて飛びつこうとするかな? 例によってぐるぐる回って喜びを表現するかな?
 期待を裏切って、なんとなんと、ニッキーはずーっと私に気づかなかった。私は人ごみにまぎれて近づいたので、ニッキーは気づかずに、私がいなくなったドアを見つめたまま。
 気づけよ! 私はちょっと傷ついた。
 犬なんだから、匂いで分かるはずだと思うのに、さらにニッキーは、ガラスに映った飼い主を本物と勘違いして、見つめている。ここまで来ると面白いので、私は黙ってニッキーが振り向くのを待っていたが、ガラスを見つめるニッキーの集中力はすばらしく、一向に振り向こうとしない。
 しまいにはみんなに、「ずっと待ってたんだよ」とか「ガラスに映ってるから仕方ないよ」とか慰められる始末。とうとうボランティアさんに「ほら!」とつつかれて、やっと振り向き、飼い主を見つけた鈍い犬ニッキーだった。
 鋭敏な嗅覚とやらはどうしちゃったんだろう? 私が猫の鳴きまねをすると、何度でもだまされるから、聴覚も問題?
 ねえニッキー…………頼むよ、ほんとに!


■2004/02/18 (水) ああ、そのしっぽ

 ちょっと甘えてだらけてきたニッキーと、出かけた先の駅のコンコースでステイの練習をした。私がニッキーから見えない場所に移動しても、分離不安と戦って伏せていられるように。
 現役介助犬のニッキーは、もちろんステイも出来ているけれど、普段の生活では、私が完全に見えなくなってしまうことはまずない。だから時々こうして練習の機会を作る。
 リードを放してしまうので、通りすがりの人にお願いしてさりげなく監視してもらい、ニッキーの背中に「訓練中」の文字。私はステイをかけてから、通路の角を曲がって行く。
 ニッキーは頑張った。いっぱいいっぱいの目をしても、落ち着いて伏せていてくれた。そのまま、私が戻ってきても飛びついたりせずに、「サイド」の指示で車椅子の左側に座った。
 グッド! ここで初めて、ニッキーの緊張を解き、うんと褒める。やれば出来てしまうということは、結局私のコントロールが未熟なんだろうな。
 これを3回繰り返した。ニッキーを伏せさせていた場所の壁で、せっせと巣を作っていたクモの巣は、ニッキーの練習が終わった頃、だいぶ出来上がっていた。前にも書いたけど、虫がとにかく苦手な私。でも、相手は通りすがりの(?)虫なので、無責任に「頑張れよ!」という気分になる。
「行こうかニッキー」
 その時。褒められて喜んだまま立ち上がったニッキーのしっぽが、こともあろうに、勤勉なクモを直撃! 巣をかけていたクモは、数センチ下に落ち、かろうじて自分の網につかまった…ように見えた。しばらく見ていたけれど、息を吹きかけてもまったく動かない。
 いつもいつもしっぽを振っているニッキー。別にしっぽを振ればいいというものではないけれど、ずいぶん沢山の人が、にこにこしてこう言ってくれる。「楽しそうね、わんちゃん。かわいがられてるのね」そう言ってもらえるのは嬉しい。でも、時々このしっぽが、缶詰をドミノ倒ししたり、テーブルの上のお茶をひっくり返したり、観葉植物の葉っぱを散らせたり…。ついに殺生をしてしまったのだろうか。とっても後味が悪かった。
 帰り道、同じ駅の同じ場所で、しっかり作り直した巣の真ん中で堂々と獲物を待っているクモを見つけた。ああよかった! ニッキーのしっぽパンチから生還したのだ。
 何でも嬉しがってしっぽを振るニッキー、そして、小さな虫が死んでいなかっただけでなんだか気分のいい私。似たもの同士?


■2004/02/16 (月) 近況報告

 10日から14日まで、例によって病院通いのため、実家に滞在していた。で、実家猫軍団の近況報告。

*タンゴ(もうすぐ15歳・雄・黒猫・ボス)
 大晦日に突然ぐったりして、某有名な救急病院(動物の)に運ばれた。普段「猫なんか」というふりをしている父が、パニックになって病院に走ったらしい。
 慢性鼻炎で鼻がつまっただけでも、大変なことになりかねない高齢猫のタンちゃん、いまだに気迫は衰えていない。リード付きで、近所の見回りも続けている。長生きしてね!

*ちょび(12歳半・雌・三毛猫・大奥総取締)
 昨年の交通事故はなんだったの? と言われるほど回復。わがまま全開、時々後輩猫を威嚇してストレス解消。人間には温厚になった。年齢のせい?
 以前からよく毛玉を吐く子だったけど、最近特に頻繁に吐いている。気をつけて、こちらも長生きを目指して欲しい。
 キムタクが高級レストランに連れて行ってくれる夢を見ていた時に、枕元で毛玉を吐く声で目が覚めてしまったのが、悔しい。

*リズ(2歳10ヶ月・雌・縞猫・営業担当)
 おなじみ、ニッキーにべったりの姫。今でも世の中でいちばん好きなのはニッキーらしい。片目がないハンデを補うためか、犬のニッキーに育てられたせいか、何でも匂いをかぐ変な猫。
 溺愛する父のせいで、我が家で唯一テーブルに乗る猫になったけれど、大人になってからドライフード以外興味がないので、人間の食べ物は食べない。そこだけは行儀がいい?

*ギギ(推定2歳9ヶ月・雌・黒っぽい縞猫・室内野生動物)
 相変わらずマイペース、警戒心旺盛。最近一度脱走して、3日間近所の人を巻き込んで捕獲騒ぎになった。外に出たら怖さのあまり、飼い主からも逃走する怖がりでお馬鹿な子である。
 安心している時に控えめにころころしてみせるところはとってもかわいい。「紐付きねずちゃん」に喰らいつく姿は迫力満点。極端な3重猫格の持ち主。

*ケンジ(推定1歳前後・雄・キジ縞猫・時報係)
 新入り。まだまだ人間を警戒する「庭猫」状態。ちなみに名前の由来は、以前いたケンタにそっくりだから。
 威嚇しながらも定時にごはんを待っているたくましき野良。でもいつかもう少し安心な生活をさせてあげたい。

*カア子(カラス・その他一切謎)
 ケンジのごはんを狙うカラス。門扉に止まっている時「あらカア子〜」と語りかけたらじっと聞いている…と母は言うけど?

■2004/02/07 (土) 記念品

 この間、デスクの整理をしたら久しぶりに、しまってあった大事な記念品と対面した。先の部分がかけたボールペン。芯もキャップもない、書けないペン。
 まだアメリカに行く前、ニッキーが初めて遊び半分で拾ってくれたボールペンだった。噛み砕いてしまったけど、最後には私に渡してくれたっけ。それからしばらくは、噛み砕かれたペンをテープで巻いて、一日何度も落としては拾わせ、そのたびにオーバーに褒めたことを思い出す。
「くわえるのは、相棒に渡すため」とニッキーはある日突然納得して、私の手にそっと渡してくれるようになり、どんなものも壊さずにくわえるようになった。もう5年以上前のこと。
 今ではコインも眼鏡もヘアピンも、安心して運んでもらえるニッキーが、ボールペンを噛み砕いていたことが、なんだか実感としては信じられない気がして、ボールペンを見つめていた。まるであの頃のニッキーと今のニッキーは違う犬みたいな気もする。
 あの頃私は、この書けないボールペンが「ニッキーだってやれば出来る、落した物を拾うのが出来るようになった」という記念品に思えて、捨てられなかった。
 今はちょっと違う。「ニッキーだって昔はボールペンを噛み砕いていた、出来て当たり前のことなんてない」という意味の記念品。そんな気がする。
 犬と人間は同じ言葉を持っていない。「すわれ」って言ったら犬が座る、それだけでも本当はすごいことなんだと思う。ありがとう、って、それだけで言ってあげなくちゃいけないと思う。
 当たり前のように冷蔵庫から飲み物を持ってきてくれるニッキー、リモコンを持ってきたり、電気をつけてくれたりするニッキー。今日だって転んだら、私の左側に足を踏ん張って、「立てなきゃつかまりなよ」と言わんばかりだったニッキー。
 本当は何回、ありがとうを言わなくちゃならなかったのかな。


■2004/02/04 (水) 晴れた日は公園

 ニッキーと公園に行く。なんだか久しぶりだった。すぐ近くだから、行こうと思えばすぐ行けるのに、「公園でのんびり遊ぼうか」っていう余裕が、私になかったのかもしれない。
 最近はちょっと疲れているのかな、私。テレビを消したり、ネットする時間を減らしたり、お風呂にこ洒落た入浴剤を入れてゆっくり浸かってみたり、なんてことをしている。
 文章を書くことは、基本的にどの時間でも可能だけれど、深夜に書いた文章は翌朝読み返すと使いものにならないことがよくある。だから私は、仕事として書く(つまりは大勢の目に触れる)文章は、なるべく明るい時間に書くのを習慣にしていた。
 でも、たまにはいいよね。こんなに天気がいい日は、書くより先に、ニッキーと外に出よう。
 ハーネスを着けないニッキーとだらだら歩いて、公園に向かった。住宅地の中のささやかな公園は、遊具もなにもない芝生で、犬を遊ばせるにはいい場所だ。昼頃だから、子供もいなかった。
 久しぶりにボールを追いかけて、疲れるまで遊んだニッキー。最後にボールを自分の前足の間にしっかりキープしてごろんと寝転び、満足した顔でこっちを見上げた。
 ツーソンでは毎日走り回っていたけど、この顔を見るのも久しぶり。昔に比べてずっと早く疲れてしまうようになったけれど、ふたりっきりで「楽しいね」と見つめあう瞬間は、ちっとも変わっていない。
 また晴れたら、ボールを持って出かけようね、ニッキー。少しは私も充電できたみたいだし。


■2004/02/02 (月) スイッチオフ

 寒い日だった。なので寒い日の定番ポジション。ニッキーはベッドの上の自分の場所で丸くなり、私はこたつに入っていた。
 今使っているパソコンはデスクトップだから、こたつに持っていくことは出来ない。現在進行形の、とある「書くお仕事」が煮詰まって進まなくなると、気分転換と称してこたつに入り、しばしパソコンから離れることにしている。
 でも今日のような寒い日は、そういう理由とは関係なくこたつが恋しくて、パソコンに向かい原稿に向かう時間が少なくなってしまった。
 パソコンの電源を切ってしまうと、なんと私の時間はのんびりと流れているんだろう。元祖スローライフ(というか超マイペースで超のんびり)な自分を再認識してしまう。ついでに、テレビの電源も切ると、一気に静かになった。
 当たり前だけれど、ひとり暮らしの部屋は、自分が音を立てない限り静かなんだなぁ、と思う。冷蔵庫が唸る音がはっきり聴こえる。
 テレビやパソコンから私の部屋に流れ込んでくる「外の社会」や「客観的な時間の流れ」。それはもちろん、私を社会につなぎとめ関わらせてくれる大切なものだ。でも時には、スイッチをすべて切る時間もまた大切なものであるはず。そんなことを考えながら、しばし静寂を楽しんだ私だった。
 すると。
 突然の、酒飲みおやじのようないびきが静寂を破る。そして、ベッドの上で足をばたばたする音としっぽが布団をばしばし叩く音。とどめに、ぷすー、とこれは多分おなら。
 そう、私が仕事を中断してこたつにいる間は、ニッキーにとっても休息時間だったのだ。コマンドを待つことも忘れて熟睡していたニッキーもきっと、私と同じように自分ひとりの時間を楽しんでいたに違いない。
 たまにはスイッチオフ。いつも「ふたり」な私とニッキーも、時々「ひとりとひとり」になる時間を味わって過ごさないとね。


■2004/02/01 (日) おそるべし?

 久々に、電車に乗って出かけた私とニッキー。某私鉄の車内でこんな会話が聞こえた。
A:「やっぱりあの犬はお利口なんだね、ゴールデン・レトリバー?」
B:「えっ、黒いのもいるの? ブラック・レトリバーじゃん」
C:「あれはゴールデンじゃないよ、ラブラドール…あっ、毛がふさふさしてるし、顔も細いから、フラットコーテッド・レトリバー。それか、ラブとフラットの雑種」
 おお、鋭い。最近「ニッキーラブとフラットの雑種説」は、実は某とても有名な訓練士さんまでが主張していて、かなり真実味をもって浮上しているのだ。でも、電車の中でチラッと見た人が同じことを言うとは。一般人の目、おそるべし。
 帰り道、某旧国鉄の車内では、途中の駅で乗り込んできた「警備」の腕章のおじさん達のこんな会話が。
A:「やっぱり盲導犬はすごいな。踏まれそうになっても動じない」
B:「いや、あれは介助犬だよ。初めて見るなぁ」
C:「やかんの音とかを知らせに来るやつか?」
B:「それは聴導犬。介助犬はほら、ドアを開けたり、靴下脱がせたり、電話を取ったりする」
A:「そういうことをさ、犬が手伝ってくれたら、気持ちがいいよね。人にいちいち頼むより」
C:「頼もしいね、ああやって、ぴったり側にいて。家族よりもっと心が通じるかもしれない」
 何かというと、「専門家が必要、素人は口を出すな」と言われる「障害」や「補助犬」の話だけれど、本当に大事なことは、きっと特別な知識でなく、ただ当たり前に、そこにいる人や犬を見ること、そして、対等に共感することだと思った。
 私とニッキーはただそこにいただけ。自分たちのペースで普通に行動していただけで、すれ違うたくさんの人達に出会った。そして、実はそういう人達の心に、少しずつ何かを残しているのかもしれない。
 配慮や同情とは違う、対等な共感を、誰かが感じてくれたらいいな。
 それにしても本当に、素人の目おそるべし。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/