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くろいぬ日記

黒犬ニッキーと相棒の日々、時々猫も登場?

2004年7月の日記

■2004/07/31 (土) 素敵な朝だったのに…

 朝の散歩に出たら、日差しがまぶしい。空き地の草むらに入っていったニッキーは朝露だらけになって笑い、小鳥の声がして…と、絵に描いたような平和な朝の散歩である。
 今朝はなぜか、その小鳥の声が気になった。ああいう鳴き方の鳥が、私が子供の頃はいっぱいいたような気がして、記憶のどこかにひっかかるのに、思い出せない。
 鳥を気にしていると、自然に空を見て歩く。普通より目線が低い車椅子生活、しかも下を見て歩く癖のある私には、ちょっと新鮮な景色。片目は見えないし、もう片方も視野が狭いから、空を見上げると周りの建物が見えなくて、とても空が広いところにいるような小さな錯覚も感じる。一瞬、あのツーソンの空を思い出した。
 雨が降りそうで雲がいっぱいの空でも、見上げている間は、気がかりなことや、嫌なことや、出来上がらない原稿のことも、別世界のことのように気にしないでいられる。原稿のことだけは気にしないといけないから、あまり別世界になっても困るけれど。
 一応はクリスチャンの私、聖書に「空の鳥を見よ」ってあるのも思い出した。本来の意味は全然違うけれど、こうやって毎日、空を見上げて鳥を探していたら、少しはいい人になれるかもしれないと思う。
「ねぇ、ニッキー。空を見て生きようね」とちょっと素敵な言葉を口にしたが、なんとニッキーは、私が空ばかり見て犬を見ていない間に、思う存分植え込みの匂いを勝手にかいでいた。ああ、空を見ていい人を目指そうと思ったのに、植え込みや電柱や落ちているごみを見ているニッキーが相棒じゃ、無理かも。
 結局いつもどおり足元を見て歩きながら、家に戻った。雨が降ったばかりだったから、道で気持ちよさそうにくねっているミミズとか、物陰から出てきたダンゴムシとか、そんなものばかり見てしまった。
 しかもニッキー、家に入る前に私が落とした鍵を拾い、褒められたら喜んでぐるぐる歩き回ったので、ダンゴムシを踏んでしまった(ダンゴムシは丸くなって転がって身を守ったので無事だった)。ダンゴムシを踏んだその前足で、私にお手をしてくるんだよね…あーあ。
 小鳥の声で始まった素敵な朝が、聖書の言葉やアリゾナの広い空を思い出した散歩が、ダンゴムシを踏んで終わってしまった。これが私とニッキーの現実?


■2004/07/28 (水) 記念日の出来事、そして手抜き

 ネットを通して知り合ったようちゃんと介助犬マツくん、トレーナー志望のみなさんが、横浜に遊びに来て、会いに行った。
 ここ数年、アメリカでも日本でも介助犬に関わる人に会う機会が多い私は、いろいろな訓練所や団体の、それぞれ考え方が違う人達に会ってきたけれど、そういう違いはあっても、障害を持つ人が犬と助け合って暮らせるのは素敵だな、と感じる。
 トレーナーを目指す人、私と同じようにユーザーとしてがんばっている人、別の道に進む人も…、みんながんばろうね、とエールを送りたい。
 若くて元気な黒ラブ、マツ君は丸い目が好奇心一杯でとてもかわいかった。しっぽがいつでもぴんと上がっていて。でも、そんなマツくんを見て遊びたくてじたばたしてしまうニッキーは問題あり。私はとっても恥ずかしかった。例によって問題は飼い主だけど。
 以心伝心なニッキーに、甘えすぎていたのかな。「にっちゃん、ねぇ…」で欲しいものを察して取りにいってくれる、「うん」と目を合わせただけで褒められたと納得してくれるニッキー。それはそれですばらしいことだけれど、良くも悪くもまるで熟年夫婦。その点、新婚夫婦(?)のようちゃん、マツくんが一生懸命に関係を作ろうとしている姿に、学ぶべきものがたくさんあったかも。
 初心に帰ろうね、ニッキー。今日が君と訓練を卒業した記念日だものね。

 私はそんな殊勝な気持ちになったのに、その後、暑くて口を開けっぱなしのニッキー、某お店のレジで落としたポイントカードを、口を開けたまま(唾液で舌に張り付いた状態で)拾って渡すという、オソロシイ手抜きをやってのけた。それも、私の癖を知っていて、絶妙の位置でカードを落とす。手抜きなのに成功してしまうところが更にオソロシイ。
 それでも、私が「何があっても絶対に信頼する」って言いきれるのはやっぱりこの犬。今日で丸4年、ニッキー、私の手足でいてくれてありがとう。そして6年半の間相棒でいてくれてありがとう。これからもよろしくね。でも、あんまり手は抜くなよ!


■2004/07/26 (月) 親子3代?

 ちび猫のちーちゃんは、あれから1ヶ月で倍以上に大きくなった。もうちょっと、ちっちゃくて不器用で産毛がふわふわの、かわいいちーちゃんでいて欲しかったんだけど。
 昨日のお出かけで疲れ気味の私とニッキーがごろごろしていると、手足がひょろんと伸びつつあるアンバランスなちーちゃんがやってきた。遊ぶ相手が欲しいから、ニッキーを挑発してみたりする。ニッキーが寝たふりを続けていたので、結局ちーちゃんは、私にくっついてころんとひっくり返って甘えてきた。最初の目標、「犬も人間も大好きな猫になる」は、花丸。
 でも、母親代わりのリズにあまりにも遠慮なくタックルしていくのは、結構問題あり。リズが優しいから、ちーちゃんはなかなか加減を覚えない。家中を無駄な勢いで飛び回って「しましまミサイル」と言われていた子猫時代のリズもすごかったけど、ちーちゃんも「悪魔の子ダミアン」とあだ名がつく激しさだ。
 リズはちーが暴走すると「にゃーん!」とニッキーに助けを求める。ニッキーはそっと2匹の間に入って、リズがちーちゃんから逃げられるようにガードする。
 ちーちゃんを人が大好きなおおらかな猫に育てたのがリズなら、そんなリズを育てたのがニッキー。疲れて寝たふりをしていても、リズに呼ばれると立ち上がって助けに行く、優しいニッキー。犬と猫がこんな風に優しさを伝え合えるのなら、人にも簡単に出来るはずなのに、とふと思う。
 ニッキーにとっては、ある意味孫のようなちーちゃん。まるで親子3代のような光景をいつまでも見ていたいと思ったけれど、今日の用事に出かける時間が来た。
 ハーネスを見たニッキーが、立ち上がって喜びのダンスを始めると、リズもちーちゃんも引いてしまう。さあ出かけるぞ! と大喜びしている時のニッキーは、今のちーよりさらに激しいくらいにばたばたしているのだ。
 リズが「ミサイル」でちーちゃんが「ダミアン」なら、ニッキーは若い頃「がちゃ坊」と呼ばれていた。もちろん、がちゃがちゃした犬だったから。もしかして、リズとちーの暴れっぷりも、ニッキーから伝わったのかも…。


■2004/07/25 (日) 駄目出し

 ちょっと長距離な日帰り旅行。堅苦しくない用事だから、楽しみに出かけた。毎度おなじみトレーナーの痔先生も一緒だったから、いろんな意味で心配はない…はずだった。ところが、訪問先のお宅にあがってハーネスをはずすと、ニッキーが暴走。
 去勢の遅かったせいで、雌犬にはどうしても興味のあるニッキー、くつろいだ雰囲気でそのお宅の犬と挨拶を始めたまではよかったが、それからずっと興奮してじっとしていられない。結局何度も制止のコマンドを繰り返したり、私としては相当きつい声で叱ったりすることになり、とっても恥ずかしかった。
 でも、本当の問題はそんなことじゃなかった。「その場で取り繕うことよりも、そういう状況の中でどうするべきかを、ちゃんと教えるように!」と、めったにない痔先生の駄目出しに、怒涛の反省である。
 ニッキーにとって「他人の家にあがり、ハーネスをはずし、そこに雌犬」という状況は、経験したことがないのだから、叱られたって解らない。ああ、今日の私たちを見たら、トップドッグの人達も駄目出しするだろうな。ニッキーではなく、私に。
 予定より帰りが遅くなって、寝台車初体験のニッキーは、さっきとはうってかわって礼儀正しい。同じく寝台車初体験の私が、子供のようにもぞもぞしながら時々見ると、ニッキーはハーネスをはずしていても、落ち着いてステイしたまま。決してこの子が悪い訳じゃないんだよね。教えられたことのある状況(例えば「乗り物ではダウンステイ」)でなら、こんなにグッドマナーなのに。
「ニッキーじゃなくて、飼い主に落ち着きがないのが問題」とさらに駄目出し。小学校から通知表に「落ち着きがない」と書かれ続けた私が、この歳で落ち着くとは思えないけれど、せめて、せめて、飼い主として、相棒として、ニッキーのためにももうちょっと私が成長してあげないと。


■2004/07/20 (火) 深夜の視線・早朝の散歩

 昨日、私は調子が悪かったらしい。トイレから出ようとして、ドアのところの壁に両手でしがみついたまま、足が突っ張ってしまった。一歩踏み出した半端な形で、固まる。
 こういう障害なんだから仕方ない。しばらく固まっていた。寝ていたニッキーがやってきて、目尻に白目を見せつつじっと見上げたが、手伝ってもらうことはないので、「いいよ、気にしないで」と断った。ニッキーは納得したのか、戻っていった。
 足が動くようになったから、伝い歩きでゆっくり部屋に戻ると、寝ていると思っていたニッキーが、頭をあげて、珍しくちょっと緊張感を漂わせている。心配していてくれたんだろうか。
「ありがとね。ニッキーがいるから、安心して固まっていられたんだよ」
 今回は活躍しなかったけれど、もし私があのまま倒れたら、きっと助けに来てくれたはず。そう思うと心強い。
 ニッキーは、相棒の調子がよくないのを何となく察したようで、深夜私がパソコンに向かっていて、ふと振り返ると必ず目が合う。よく寝ているようでもちゃんとこっちの様子を観察して、出番を待っているのだ。
 ちょっとぶどう色がかった、まん丸の目。誰よりも私に注がれている目。
 この目に弱いんだよね。鼻の奥がつんとする。
 で、今朝は早起きして、お礼に早朝デートをした。訓練のおさらいも、好きなように匂いをかぐ時間も、コンビニでお仕事も、ボール遊びも、だらだら歩くのもあり、のフルコース。しばらく暑いからって、のんびり散歩してなかったもんね。
 一緒にいられること、目が合うこと、リードでつながっていられること、そんなありがたさをかみしめる、午前5時。


■2004/07/17 (土) 夏到来

 早々に梅雨が開け、今年の長い夏が始まって、ニッキーはクーラーの風が当たる場所で寝ている。アリゾナ育ちのくせに暑さにはめっぽう弱い。
 そんなニッキーに負担をかけたくないから、外出の時もいつものハーネスでなく、軽いケープにする。ニッキー自身は、ハーネスを着けた時の方がより仕事をする気持ちに切り替わるけど、ハーネスには金具があって暑く、少し重い。せめて「夏服」を着せることにした。
 ケープでは車椅子を引けないし、暑い時は楽をさせたいので、でこぼこ道でも坂道でも、私がひとりで車椅子を動かす。室内でも仕事を頼む時にはいろいろ工夫する。ちょっと不便でも、我が相棒が大事だから。
 そうは言いつつ、最近左ひざが痛んで、立ち上がるのやかがむのが辛い私、クーラーの設定温度を変えたくて、ニッキーにリモコンを持ってきてもらった。「お願い、ニッキー、ゲット・コントロール」やや遠慮したコマンドを聞いて、ニッキーはゆっくり立ち上がった。リモコンを見つけて、取りに行く。
 そこには、クーラーのリモコンと、テレビのリモコンと、携帯電話、コードレス電話、そして麦茶のボトル。どれもニッキーが頻繁に運ぶ物だ。特に、クーラーとテレビのふたつのリモコンは、どちらも「コントロール」という言葉で教えてある。
 それぞれの名詞はちゃんと知っているのに、ニッキーはちょっと迷った。「これ?」「これ?」「それともこれ?」と順に鼻で指し、くわえようかどうしようか、という仕草をする。私が「イエス!」と正解を教えるのを待っているのだ。優柔不断、決断できない男ニッキー。
 いつも、私の言葉のタイミングが悪いと、ニッキーは違う物をくわえようとする。そしてまた「違うよ」「イエス!」と言葉をかけて、正解をくわえてもらう。ニッキーは、こっちの物に鼻をつけながら、もうあっちの物を見ていたりするから、とろい私は何度も失敗してしまう。
 でも今日は、暑くて眠くて、ニッキーの動作がゆっくりしていた。とっても分かりやすい。「イエス!」1回で、無事リモコンをくわえてくれた。「グッド・ボーイ! ありがとう」
 ニッキーの苦手な夏。でも、元気すぎるニッキーが落ち着いて、ちょっとだけいいこともあるかな、と思った今日の出来事だった。


■2004/07/12 (月) 失敗と成功

 この間ニッキーに新しく教えたレーザーポインターを、外で練習してみた。とある建物の片隅の壁に赤い光を当てたら、鼻や前足でタッチできる。それが椅子の背や空き箱でも大丈夫。これならきっとうまく行くと思って、エレベーターで試してみることに。
 ところが、ニッキーはエレベーターのボタンを押すことを知っているから、赤い光なんて見ちゃいない。自分で見つけたボタンをいつもどおり力強く押すばかり。ボタンより下にある点字の案内板に光を当てて、「ここにタッチ」と言っても、「ボタンはここ!」というように、レーザー光と関係なくボタンを押してしまう。甘かった。ニッキーなら簡単に出来るはずと思っていたんだけどなぁ。まったく新しいことを覚えるのよりも、今までのやり方を少し変えることの方が大変。―それが昨日のこと。

 今日は電車で出かける用事があった。正確には、用事があるのは明日だけれど、暑い時間帯に長時間外で移動するのはニッキーには酷だから、前の晩に目的地の近くにある実家に移動しておくことにしたのだ。
 夜の駅にはあまり人がいなかった。電車が来るまで時間があったので、自販機でジュースを買った。バリアフリーな自販機で、車椅子を横付けしたら、コインを入れるのも、ボタンを押すのも、商品を取り出すのも、自分で出来る。
 でもおつりを取り出す時に失敗して、50円玉が一枚落ちた音がした。探してみたら自販機の足元で、なかなか拾えない。当然ニッキーの出番となった。「ゲット・コイン!」でニッキーは、私の目線の先をふんふんと嗅ぎながら、コインを探し始めた。
 相変わらず探し物が下手なニッキー、自販機の下に入りそうな場所にあるコインにいつまでも気づかないで、勝手に判断して自分のリードをくわえたりしている。駄目でもともと、レーザーポインターでコインのある方を指してみせると、ニッキーは鼻でなく目で、やっとコインを見つけ、難なく拾って私の手に落としてくれた。
 エレベーターではうまくいかなかったけど、今度は成功! ちょっと嬉しくなった。拾った金額は50円でも、嬉しさはもうちょっと高い。


■2004/07/11 (日) 出会いふたつ

 夕方、雨が降って涼しくなったから、ニッキーと一緒に買い物に出かけた。いつものスーパーにはファストフード店が入っているので、おなかの空いていた私は買い物の前にハンバーガーを食べた。ああ、アメリカで身についた不健康な食生活。
 店の外側の大きなガラス窓の向こうに、薄茶色のコッカースパニエルが飼い主と一緒に登場した。笑っているように見える顔がかわいくて、にこにこして見入ってしまう。コッカーちゃんの飼い主さんもニッキーを見つけて、にこにこしてくれた。
 ガラス越しに会話しようとしたら、意外にガラスが厚くて聴こえない。ガラスに文字を書いての会話になり、最後にはとうとう飼い主さんがお店の中に入ってきて、ニッキーを撫でてくれた。仕事中のニッキーだからあまりかまわれてもいけないのだけれど、やっぱりこうして人とのつながりが増えていくのは嬉しい。

 それから買い物をして、レジに向かおうとしていたら、子供連れのお母さんに声をかけられた。「子供が学校で介助犬のことを勉強したんですが、本物を見るのは初めてなんです。見せていただいていいですか?」
「どうぞ。この子に何かさせましょうか?」と言ったら、お母さんと息子は相談し、「いいえ、いつも通りに、普通に買い物をしているところを見せてください」
 内心、すごいと思った。もっと年齢の高い子供や、大人を相手に話をした時も、障害者と犬が助け合える関係という本題よりも、やっぱり「1円玉や薄いカードやヘアピンが拾える」とか「ちゃんと冷蔵庫を閉めにいく」とか…犬が何をするか、何ができるかという部分に関心が集中するのに。
 でも、いざ「いつも通り…」と言われると、妙に緊張する。買い物はもう済んでいるんだし、私はニッキーに商品を取ってもらう必要がほとんどない。無駄に通路をうろうろしたあげく、「ごめんね、大したことをしなくて…」と謝ってしまった。幸か不幸か、レジではわざとでなく財布が落ち、ニッキーの出番で喜んでもらえたけど。
 小さな出会いがあった1日。今日会った人達にはきっと「介助犬と言っても普通の犬だった」と言われているんだろうな、ニッキー。それもまた大事なこと?


■2004/07/09 (金) 赤いボール

 梅雨はどこに行ったんだろう…雨に弱い車椅子生活の都合上降らないのはありがたいけど、それなりに不安にもなる。結局は、日本の四季が日本の四季らしくめぐるのが、いちばん好き。
 連日の猛暑、暑さに弱く根性のない我が黒犬は、クーラーのきいた部屋で過ごしてしまった。せめて気分転換に、ボールを使って室内の探し物遊びや、ちょっとしたゲームをすることに。先日実家で発見した、懐かしい赤いボールを使った。
 このボール、ツーソンにいた頃、ニッキーが某ペットショップの床に落ちていたのを拾ったもの。店員さんに聞くと「うちの商品じゃないから、見つけたこの子のものね」と言われた。ペット入店を認めているお店だから、どこかのボール好きな犬がくわえていて、買い物中に落としたんだろう。
 ボール大好きな、多分たれ耳で箱口で、陽気で好奇心旺盛な犬が、ボールをくわえたまま、飼い主と一緒に買い物に来る。そして、もっと素敵なボールや、いいにおいのするトリーツや、スモークされた大きな骨なんかを見ているうちに、ぽとりと落としてしまう…。そんな様子を想像して、とっても楽しくなる。きっと、何かいいものを買ってもらって、古い小さなボールのことをすっかり忘れちゃったんだろうな。
 訓練時代のニッキーの戦利品(?)であり、留学時代の思い出でもある赤いボール。でもニッキーは、黄色いテニスボールがいちばん好きなようだ。ボールならなんでも、というほどの欲もない子なので、ゲームをしながら赤いボールを私のところに持ってきて、それから自分のおもちゃが入っている箱のところに行き、「黄色いのと代えて!」と言いたげなアピールをする。
 赤いボールでもちゃんと追いかけるし、それなりに嬉しそうにくわえているけれど、やっぱり好き嫌いの順番があるらしい。もう一度赤いボールを探させて、持ってきたお礼に黄色いボールと取り替えてあげたら、もっと嬉しそうに、ボールをくわえて部屋を歩き回り、しばらくひとりで遊んでいた。
 ニッキーのお気に召さない赤いボールは、ニッキーじゃなく私が、そっと取っておこうかな。ツーソンの、あの広いグラウンドで遊んだことや、今よりもっと遊び好きで、落ちていたボールを勝手にくわえちゃった若いニッキーの思い出に。

■2004/07/07 (水) 実演は下手だけど

 トレーナーの痔先生が、とある専門学校でお話をすることになり、ニッキーと一緒に、一応「介助犬と使用者」の立場でお手伝いさせてもらった。
 講義の前に先生はケーブルテレビの取材を受ける。ああ…訓練は上手でも、話すのはとことん苦手な先生…。訓練中のジローとアイリが介助動作の実演もした。「デモ犬」ではないジローとアイリ、いつもと違う雰囲気にきょろきょろしたり、何度も繰り返させられて飽きてきたり。
 それでも先生は一度も犬を叱らなかった。見栄えのいい実演をするならいくらでも方法があるのに、犬が自分で考えるまで待ち、犬が答えを見つけたら「グーッド!」。先生は、見栄えのいい実演で人に評価されることよりも、犬たちに自信や考える力がつくことを大切にしている。見ていて嬉しくなった。
 その後、生徒さん達の前でニッキーも仕事を見てもらった。1円玉とカードをつるつるの床から拾い上げ、ドアを開け、閉める。冷蔵庫を開け、ボトルを持ってきて、また閉める。
 さっきジローやアイリの実演を見ながら自分もやりたそうに鼻を鳴らしていたニッキー、今度は自分が仕事をして褒められる番で、とても嬉しそうだ。にこにこと積極的に仕事をし、私の顔を見て「これでいいよね」と言いたげな今日の実演に、私は花丸をあげたい。
 でも見栄えはよくない。一発で成功してびしっと脚側について終わる…のが見栄えがいいんだろうな。ニッキーは、冷蔵庫の扉がうまく閉められずに、何度かやり直したりもした。「ここで犬に自分で考えさせることが大切です」と痔先生にフォローしてもらった。
 それにニッキー、話の間はダウンステイのまま熟睡。そのうち夢を見ているのか、手足がぴくぴく動いたりして。質疑応答の時にはなんと、「ニコラス君は、1日何時間ぐらい寝るんですか?」って…質問されちゃうぐらいよく寝てたのね、ニッキー。。。
 日本一無名でデモが下手な介助犬ニッキー。でも嬉しいこともあった。最後に生徒さん達に「今だけこの子と遊んでもいいですよ」と撫でてもらった時のこと。
「今まで介助犬はかわいそうだと思ってましたけど、そんなことはないですね。ニコラス君は本当に楽しそうだし、しあわせそう」と生徒さんが言ってくれた。私にはその言葉が、いろんな意味で本当に嬉しい。
 ニッキー、ずっとしあわせでいてね。しあわせなニッキーでいてもらえるように、私もがんばるからね。


■2004/07/04 (日) 助け合い?

 ちび猫を布団で抱いて寝ると、最初のうちは嬉しそうにのどを鳴らしていたけれど、そのうちひとりで遊び始めた。夜行性なんだなぁ、と納得。遊ぶだけならいいが、私の手や足に爪を立てるからつらい。
 つい「痛い!」と言うと、ニッキーが心配して寄ってきて、そっとちび猫を押しのけてくれた。ありがとう、優しいね、ニッキー。
 痛い! とか、危ない! とか言うたびに、当のちび猫よりもニッキーが敏感に反応してしまう。それがちょっとかわいそうだと思いながら、今日もついつい、絡み付いてくるちび猫をニッキーに預けてしまう。
 ニッキーが迷惑そうにちび猫の相手をしているのを見て、2階から降りてきたリズがちび猫を奥の部屋に連れて行って遊んでやった。3年前は自分がニッキーにじゃれついていたリズが、今は子猫の相手をしている。
 ちび猫が調子に乗ると、リズの教育的指導が出る。押さえ込んだり、軽く噛んだり。すごいと思うのは、ただ噛むだけでなく、すぐその後でなめてやること。猫同士の愛情表現。叱った後はちゃんと愛情を伝える、これって大事だよね。以前訓練士さんが、犬を叱った後のフォローが大事だと話してくれたのを思い出した。
 それでもちび猫が調子に乗ってリズのしっぽに噛み付いていたら、今度はリズが「ぎゃーん」と大げさに鳴いた。するとちゃんとニッキーが助けに来るのだ。ニッキーが鼻を割り込ませると、ちび猫がおとなしくなる。
 ニッキー、相棒の私だから助けてくれたんじゃなくて、リズも助けてあげるんだね。それはちょっとがっかり(?)したけど、困ったときはお互いさま、という感じで犬と猫が助け合っているのがほほえましくて、にこにこしてしまった。


■2004/07/03 (土) 訓練と運動会

 昨年の手術以来、多少出た私の視力。ちょっとの変化で一喜一憂したけれど、それも落ち着き、私自身が新しい視力にいろんな意味で慣れてきた。
 もっと視力が弱かった頃は、ドアや改札が見えず、ニッキーに見つけてもらったこともあった。今は自分の目で探せる。エレベーターのボタンも自分で見つけて押せる。それでも、位置によっては車椅子を寄せられないことも、低いボタンがないこともあるから、時々はニッキーに押してもらう。
 今の視力なら、私がニッキーに押したいボタンを教えた方が確実だな、と思って、レーザーポインターを買った。日本では規制で安いものがないので、この間カナダで購入。約165円也。実家に置きっぱなしだったこのレーザーポインターを、今日試してみた。
 若かった時は、レーザー光を軽く動かしただけで興味を示したのに、現在8歳半の老紳士(?)ニッキー、どんなに誘っても興味を示さない。こんなところで年齢を感じて淋しくなる。興味がないどころか、匂いも感触もないものが動くのをちょっと怖がる様子。
 まずフードを利用して怖さを克服させ、あとは褒め言葉だけで、段階を追って少しずつ。レーザー光で示した場所を見て、そこに鼻をつけたり、前足をあてたり、示された物をくわえたり…ニッキーは短時間に理解した。
 よく出来たね、ニッキー。確かに若い時ほど覚えは早くないけど、今でもちゃんと新しいことを覚えられるよね。グッド、グッド。
 でも、私の手が上手にレーザー光をコントロールできない。見当違いな場所に当ててしまったり、少しずらすつもりが離れた場所まで行ってしまったり。
 私ひとりで壁のスイッチや障子の桟を指し示す練習をしていたら、ちび猫と大きな猫たちがレーザー光を追いかけたり飛びついたり、最後にはニッキーまで一緒になって犬猫運動会になってしまった。
 まじめな訓練(ニッキーには遊びでも)が、えらくにぎやかな終わり方になったけれど、今日はちょっと嬉しかった。私の障害が変わっても、ニッキーと助け合う関係も、ふたりで何かをする楽しさも変わらないと実感できたから。
 ロボットでも道具でもない介助犬と暮らすことを選んでよかった。決して優秀ではないけど、私の特別な相棒ニッキーと出会えてよかった。たとえ時々猫と一緒に運動会を始めちゃう子でも、ね。


■2004/07/01 (木) がんばる理由

 両親が若かりし頃、そして私が弱々しい幼児だった頃に、よく行っていたらしい某レストランに行く。事前に電話して快く介助犬の同伴を認めていただいた。小さな店だし、出来るだけ周りに不快感のないように、ニッキーには全身を被うコートを着せた。
 簡単に着せられるはずが、私にとってはなかなか着せづらい。犬に足をあげさせたりじっとさせたりするのは、ニッキーの場合簡単なのに、袖口を広げたりファスナーを閉めたりに、飼い主の方がとんでもなく長い時間をかけてしまう。だからニッキーは、このコートはあまり好きではなさそうだ。
 でも今日は、コートを取り出すと、嬉しそうに自分から着せられに来た。身体にベビーパウダーを軽くはたいても、気にしないでしっぽを振っている。コートと介助犬のケープを着けて出発。
 入り口の段差もお店の人が手を貸してくれ、ニッキーも温かく見守ってもらえた。思い出がいろいろあるらしい両親も、新しいお店を開拓できた私も嬉しい。テーブルの下に伏せてまったく動かず、物音も立てなかった(当たり前だけど)ニッキーに「また来てくださいね」と言ってくれたのにも、ほっと安心。
 マナーは守っていても、私から見れば、今日のニッキーは何が嬉しいのかちょっとはしゃいでいる気がした。注目されるとしっぽをあげて、得意そうだ。
 コートを着るのを喜んだ理由も、妙に誇らしげだった理由も、寝るときになって分かった。珍しくニッキーが、ちび猫と私の間に割り込んで、私の両手を押さえ込んで無理やり自分だけかわいがられようとする。
 人にくっついてくるちび猫は、下手をすれば踏んでしまいそうで気になる。つい私はちび猫に注目し、世話を焼いてしまう。いつもなら私がよその犬や猫と遊んでも平気で待っているけれど、この子は実家とはいえ「我が家の」猫。ニッキーは気にしていたようだ。
 働く犬ニッキーは、仕事をすることで自分をアピールし、私とのお出かけを楽しみつつ、自分がいちばんだと再確認したかったんだろう。
「ニッキー、ゲット・ザ・セル」特に必要はなかったけれど指示してやると、ニッキーは嬉々として携帯電話を探してきた。いつものほめ言葉の代わりに、「やっぱりニッキーがいちばんいい子だね、世界一の子だね」と言ったら、調子に乗ってもっと何かしようと、ドアや蛍光灯の紐や私の靴下なんかを見比べていた。
 世界一かわいいお調子者である。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/