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くろいぬ日記

黒犬ニッキーと相棒の日々、時々猫も登場?

2004年8月の日記

■2004/08/29 (日) 青森一泊旅行

 ネットで知り合ったくみさんご一家の「一度遊びにおいでよ」のひと言に甘えて、土日で青森へ。
 法律が出来て、正式に介助犬の認定を取得して、ようやく全国どこへでも出かけられるようになったけれど、ニッキーはもう8歳8ヶ月。介助犬として現役でいられる時間も、長距離の旅行を無理なく楽しめる時間も、それほど長くはない。だから、ニッキーの体力と気力が充実している今のうちに、たくさんの思い出を作りたい。
 そんな訳で、初めての東北旅行。あっちもこっちもりんごだらけの青森に妙に感心してしまう私と、ねぶた祭りのはちまきを首に掛けてもらって何故か似合っていたニッキーだった。
 くみさんの息子・K君は介助犬と暮らしたいと考えている車椅子の高校生。ニッキーをじっと見ている。車で移動中や、外で買い物をしている間は、ニッキーも落ち着いて堂々としていてくれたからよかったけれど、家に着いてハーネスを外したら、普通の犬になってしまった。夢を壊したかも…?
 翌日、K君にニッキーのリードを持ってもらって、ツーショットの記念撮影に挑戦。もちろん私がすぐ指示の出せる場所で見守っていた。立ち上がって前に出てしまったニッキーに「バック」とK君が声をかけると、ちょっと困った顔をしてゆっくりと、ニッキーは指示通りに元の場所まで下がった。
 やるじゃん、ニッキー。私と離れても落ち着いて初対面の人の指示が聞けるなんて、ちょっとオトナになったね。
 でも、調子に乗った私が「ニッキー、さよなら。青森に残ってしっかり働くんだよ」と冗談を言ったら、ニッキーは慌てて私の前に回り、置いていかないで! とひざに手を掛けて必死で訴えた。
 当たり前だけどやっぱり、ニッキーは私の相棒なのだ。ごめんね、こんな冗談を言ってはいけなかったね、ニッキー。
「初めて本物の介助犬を見た」と喜んでくれたK君にも、いつか彼だけの相棒がやってくるんだろうか。


■2004/08/25 (水) 小さな親切

 ちょっと久しぶり? に募金に参加させてもらった。いつもの時間に解散して、電車で家に帰る。この時間、ラッシュ程ではなくても、混んでいるのがつらい。乗り物が大好きなニッキーは混んだ電車でも平気で寝ているけれど、もし誰かがニッキーの上に転んだら…と不安になる。
 手すりがついた車椅子用のスペースなら比較的しっかりニッキーを守れる。でも、駅員さんの判断で「危険ですから車掌台の前に…」といちばん後ろに案内されてしまった。
 車両の隅っこや、後ろの壁や、座席の横の隙間は、2本足で歩く人にとっても快適な場所だから、すでに埋まっている。仕方なくニッキーをシットステイさせた。ダウンしたら気づかずに踏まれてしまいそうだ。
 その時、私の前に立ってニッキーをにこにこ見ていた年配のご夫婦が、自分達の足元を指して、
「ワンちゃんここにどうぞ。気をつけて踏まないようにしますから」
 人の足元ならどこでも同じ、ということはない。混んだ電車で、人の目線より低い車椅子や、もっと低い犬に気づかない人もいる。気づかなければ、踏まないように気をつけることも出来ない。せめて気づいてくれる人の足元に…といつも思う。だから、これは本当にありがたい申し出だった。お礼を言って、ニッキーをふたりの間の位置に伏せさせた。
 ふたりはしっかり手すりとつり革を握って、足を踏ん張ってニッキーをかばってくれた。読んでいた本をしまい、ニッキーの表情をずっと眺めながら。
 杖で歩いていた頃は、よく電車で席を譲られた。でも、ある程度以上混んでいると譲ってもらえなくなる。混んだ電車で立っているのは、健常者にとっても大変だということだろう。
 だから、若者ほど丈夫ではない足をしっかり踏ん張って、ニッキーが踏まれないようにしてくれた人達の気持ちが、とても嬉しかった。ありがとう。
 混んだ電車では滅多にやらないことだけれど、ニッキーはリラックスして、私の足を枕にし、しっぽをそっと振った。通りすがりの人の親切はちゃんと、ニッキーにも伝わっていたみたいだ。


■2004/08/24 (火) 秋の気配

 久しぶりに深夜のデートをした。訓練のおさらいと遊びを兼ねて、コマンドを時々出したりしながら、近所を歩く。それから、コンビニに寄って仕事もしてもらった。それからさらに、ふたりで歩いた。だらだらと目的もなく、本当に「散歩」。
 出かける前に排泄を済ませているけれど、歩いているうちにニッキーが、ちょっとトイレ、と私に訴えた。小の方だけだろうから、植え込みの土のところでさせることにする。「オーケイ、ゴー・パティ」トイレをしなさい、のコマンドを言いかけた時、ニッキーが用を足そうとしたその場所で、りーりーりーりー♪ と虫の声が。
「にっちゃん、待った!」排泄ポーズに入ろうとしていたニッキーが、それでも私の声に止まってくれた。急いで場所を変えて…と思ったけど、気づけばあっちもこっちも秋の虫が歌っている。
 どうにか虫のいないような場所を探して解決したけれど、トイレ場所を探してうろうろする間、ニッキーは困ったように何度も何度も私の顔を見上げていた。
 ごめんね、ニッキー。トイレが出来ない苦しさは、いつも外出先で使えるトイレを探して苦労する私が、よく分かっているはずなのに。
 みーんみーん、から、おーしつくつく、にセミの声も代わり、もう夏も終わっていくんだね。暗くなるとりんりん系の合唱が始まる。虫は苦手なのに、季節限定の虫たちの短い命に「もののあはれ」を感じてしまうなんて、ああ、日本人の本能?
 そしてもちろん、犬の命だって人よりも短いと、やっぱりニッキーを抱きしめた。
 歩くだけで精一杯で、外に出るだけで怖かった私が、ふらっと散歩できるようになったのも、雑草の花や、雲の形や、虫の音や、息の白さや、日差し…そういうものに気づく気持ちのゆとりも、ニッキーが一緒に歩いてくれるおかげだから。


■2004/08/22 (日) お祭りの日

 家の前の道路に出たところで、おみこしが向こうからやって来た。賑やかなお囃子と、子供たち。ニッキーは初めて至近距離でおみこしを見て、楽しそうに観察していた。夏祭りの時期って今頃なのかな。
 地元のおみこしを見送って、電車で1本の某市のお祭りへ。愛護団体の里親探しのテントにお邪魔して、ちょっとしたPRをすることになっていた。痔先生もそこで地味に募金をし、訓練犬のジローとケンちゃんも一緒。
 何しろ場所は、里親探しのテント。たくさんの犬がボランティアさんに連れられて歩き回り、私とニッキーにとって最大の誘惑である猫たちもいる(ふたりとも猫大好き)。最近ニッキーが犬や猫に関心を示しすぎる、と先生に相談していたから、練習を兼ねて、って誘われたらしい。
 場所に慣れるまでの最初の数分だけ、ヘッドカラーを着けて、静かな声でコントロールする。静かに、優しく、毅然と、私達が最初に習ったとおりに。ニッキーはきちんと応えてくれた。
 動物好きな人達にもみくちゃにされたり、犬や猫が目の前を通ったり、吠えられたり、子供達が奇声をあげて走り回ったり。誘惑だらけの1日だったけれど、ニッキーは働く犬らしく、集中を保ってくれた。勝手に命令しようとしたり、べたべた撫でたりする人もいたけれど、まったく惑わされない。
 叩かない・怒鳴らない・釣らない訓練で育ったニッキー。私がそのやり方を守ってさえいれば、こんなにいい子なんだよね。最近周りに惑わされていたのは私の方かも。
 と、こんなにうまく行ったのに…やはりニッキー、最後にやってくれた。
 愛護団体の人達が1メートルぐらいのステージで介助犬のことをちょっと話し、ケンちゃんとニッキーは(人間つきで)ステージの下にいたけれど、とても狭かった。
 左に方向を変えて帰ろうとした時、車椅子とステージの隙間がほとんどなくなったので、ニッキーはステージの上に飛び乗ったのだ。もちろん笑いは取れた。ステージの上と下で犬と飼い主が同じ歩調で歩き、ステージの端まで来て、ニッキーは不器用に飛び降り、またまた笑いを取る。
 結局最後にお笑い犬になっちゃったけど、お疲れさま。グッドボーイ、ニッキー。


■2004/08/20 (金) トイレ…

 夏ばてかな。昨日食欲が急に落ちたと思ったら、今朝はお腹の調子も悪くなり、何度もトイレに通ってしまった。これで少しはやせるか…なんて期待をするよりも、体力が落ちてしまうことがやっぱり怖い。私が倒れたら、ニッキーが困るもん。
 トイレに行くたびに、ニッキーは後からついて来て、トイレを覗き込む。誰が見ている訳でもないので、ニッキーのためにトイレのドアを少し開けておくと、ちゃんと私と目の合う位置でべたっとダウンして、私が用を足すのを待っていた。分離不安気味なニッキーの定位置。
 1度目のトイレの後、しばらく話していなかった友達から電話があり、無駄話をしていたらまた、トイレに呼ばれてしまった。電話を中断して2度目のトイレへ。その後スポーツドリンクを温めて飲んでみたけれど、調子はよくならず、3度目。午後、4度目。貧乏性の私は、ふと、トイレットペーパーがもったいないと考え、あまりのけちくささに自分で落ち込む。
 3度目まではいそいそとついて来たニッキーが、4度目はとうとう、目で追っただけで、ついて来なくなった。ニッキーだって暑くて眠い。そんなに何度も何度も、クーラーの風の届かないトイレ前までは行きたくない、ってことだろうか。
 いつもいつも私のそばにいたがるニッキー。自宅にいてまでついて回るのはかわいいけど、分離不安が強すぎても困る。それに、一日中私を気にしていてくれるより、リラックスしていてくれた方が嬉しい。だからニッキーのいない4度目のトイレの中で、にんまりする私なのだった。
 ニッキー、君のためにもこの夏ばてを早く乗り切るからね。
 そうそう、今日は祖父の一周忌。申し訳ないけど、おじいちゃんを偲んだのもトイレだった。


■2004/08/16 (月) やきもち

 実家からアパートへ戻る。駅に着いたらもう夜9時過ぎだったから、暑さの心配もなく、ゆっくり歩いて帰ることにした。
 このところ暑くて、出かける時はいちばん近いバス停からバスを使うし、深夜の散歩は別のコースだし、駅からの道を歩くのがちょっと新鮮な感じ。ほんの少し遠回りな道を選んで、リードを長めにして、のんびり散歩する。
 とある激安店の前を通りがかって、買い物を思い出したので、寄って行った。相変わらず店内はぎっしりとあれこれが並んでいて、車椅子での買い物は不便なことこの上ない。でも、ニッキーはこういう場所が得意。安心してリードを伸ばし、「適当について来てね」というアバウトな指示? をすれば、車椅子の前や後ろに回ったり、ちょっとした隙間に避けたりしながら、上手に歩く。それを「グッド!」と時々褒めながら買い物。
 途中で、段ボール箱に車椅子をぶつけてしまったら、膝の上に置いていた品物が全部落っこちた。ニッキーは、外出中に物が落ちれば出番だと思っているのに、狭い通路で車椅子の後ろにいたから、出て来れない。ニッキーがじたばたしているうちに、通りがかった人が「大丈夫ですか?」と全部拾ってくれた。
 お礼を言って買い物を続けていたら、いつの間にかニッキーは、私の前に回って後ろ歩きしながら、じっと私の手元をみている。そして予想通り、私の膝からもう一度品物が転がり落ちたら、大急ぎで全部拾い、ものすごく得意げにお座りしてみせた。「グッドジョブ! グッドボーイ!」
 ところが今日のニッキーは、褒め言葉を聞いても満足しないで、私の手を鼻でつんつんしたり、目で訴えたりしている。私は、店内の音楽がうるさいのをいいことに、うんと大きな声で「グーッド!」と言い、たくさんなでたけれど、まだ納得しないらしい。とうとう、ニッキーの好きな骨型のおやつを買ってご機嫌をとる羽目に。
 出番をとられてやきもちを焼いたのは分かるけど、いつもはこんなに駄々っ子にはならない。もしかしたら、実家で「ちーちゃんの方がかわいいねー」って猫ばかり構っていたから、不満が溜まっていたのかな?
 帰宅してからは、もういい! っていうぐらいニッキーを可愛がって、さっきの骨をあげて、サービスに努める相棒だった。


■2004/08/14 (土) スピーク

 猫たちのいつもの運動会。いつもよりエスカレートして、リズはカーテンに駆け上り、ギギは前足を両方上げたまま飛び跳ね、ちーはテーブルの上を走っていた。ねこじゃらしもねずみのおもちゃも使っていないのに、このハイテンション。
 今日は猫たちを全員2階の部屋に閉じ込めて、父が一生懸命和室の障子を張り替えたけど、前回障子を張り替えた時も、張り替えた直後にリズが穴を開けちゃったんだよね…。不安は的中し、3匹のギャングは走り回った勢いで和室に駆け込んでいった。
 私にはもちろん、大暴れする猫たちを捕まえたり出来ない。ニッキーに登場してもらった。「スピーク!」とコマンドし、ニッキーに吠えてもらう。遠慮がちな「わふっ」に続いて、私が励ましたらやっと「わんっ・わんっ」と2度吠えてくれた。
 猫たちはいつも、ニッキーと一緒になって遊んでいるし、ちっともニッキーを怖がらないけれど、知らない人が来た時なんかにニッキーが吠えると、それを合図に全員が2階に駆け上がる。ニッキーが「見張り役」なのだ。今回もニッキーが吠えたら、怖がりのギギを先頭に、みんな階段を駆け上がって行った。
「スピーク」のコマンドで吠えることを教えられているニッキー。
「アメリカにいたから、身を守るために必要だったんでしょう」と言われるけど、スピークを教えたのは、この2年ぐらいのこと。実家で過ごすことが多くなったので、実家で転んだりした時に、母を呼んでもらおうと教えた。
 警戒にも攻撃にもつながらないように教えたから、ニッキーの声には迫力がまったくない。きっと身を守る役には立たないけど、時々猫たちが暴走したら使えるかな、と思った。


■2004/08/12 (木) 病院にて・人さまざま?

 某大学病院の眼科に通院する日。待合室に行くと、盲導犬のナナちゃんが…というか、そのパートナーさんが先に来ていた。白と黒2頭が揃って、患者さん達の注目度もいつもより高い。
 病院という場所だけに、「犬」に抵抗を示す人も多い一方で、犬達をなでたり、かまったりして、気持ちをほぐしたい人も多分多いのだと思う。だから待合室では、患者さんたちがニッキーをなでたり、声をかけたりするままにしている。
 ベテラン犬ニッキーは切り替えが分かっていて、なでられて喜んでいても、いざ仕事という時はきちんとしている。もっとベテランのナナちゃんは、ニッキー以上に慣れている。2頭とも立派な「にわかセラピー犬」。
 患者さんから質問をされることも多い。「何歳ですか?」とか「餌はどのくらい食べますか?」という質問だけでなく、時々は「私はこういう障害だけど、犬にこういうことをしてもらうことは出来るんですか?」とか「将来全盲になるけど、全盲になる前に盲導犬を申し込むことは出来ますか?」という質問も。出来る範囲で答えるようにしている。犬をなでて気持ちが和らぐのと同じように、将来の選択肢の知識が少しでも得られれば、きっとその人の気持ちが楽になるから。
 でも、今日は、逆の質問をされてしまった。
「こういう犬、何で英語で命令するのか知ってる?」
 と、主治医に聞かれた。知らないはずないのに、検査の前に緊張をほぐそうとしてくれているの? それとも、「知らない」患者に「知っている」医師が教えてやる、という職業病なのかな。
 でも、ニッキーが物の名前を聞き分けて持ってくる、というのを聞いて、えらく感心していた主治医の先生。ユーザーの私にとっては、もしニッキーが必要な物の名前を理解してくれなければ困るし、当たり前のことなんだけど。
 誰かの日常や、当たり前のことが、誰かにとっては驚きだったりする。そんなことをふと考えさせられたりして。
 そうそう、もうひとつびっくりしたのは、ニッキーをなでながら、「お顔をきれいにしないと」と、自分の唾をつけたティッシュでニッキーの顔を拭いたおばちゃん。自分の犬にはそうしているのかもしれないけど…。帰宅するなりごしごし念入りにニッキーの顔を洗った私だった。
 毎度毎度、いろんな人に会う病院の日。以前は待ち時間を持て余していたのに、最近は待ち時間が短く感じられることもある。


■2004/08/11 (水) 新たな好物

 新宿で用事があったので出かけた。新宿へは自宅の最寄り駅から私鉄で1本。バスで駅に行って電車に乗れば、暑くても大丈夫だ。
 用事を済ませて、駅の売店でスポーツドリンクを買った。半分自分で飲んでから、ニッキーにも、飲みたい? と目で聞いてみる。ずっと冷房のある場所にばかりいたけれど、そろそろ水が欲しくなる頃だ。
 車椅子のポケットからいつもの水飲み容器を出すと、しっぽを振りながらお座りして待つニッキーさん。でも、どうぞ! と言われて、飲んだことのない飲み物の前で固まってしまった。
 スポーツドリンクは犬に飲ませても大丈夫、と聞いていたけど、ニッキーに飲ませるのは初めて。食い意地の張った…じゃなくって、好き嫌いのないニッキーが飲まないとは思わなかったので、ちょっとびっくりした。人間の食べ物は駄目、と教えられているから、とりあえず拒否してみたのかもしれない。
 飲んでくれなかったらもったいないよね。「オーケイ」と言っても飲まないので、今度はわざと「ウェイト」の指示を出してしばらく待たせてから、「リリース!」。つられて飲んでしまう単純なニッキーだった…。
 もうちょっと欲しい? と聞いたら、ニッキーは私の手を鼻でつついて、それから右手を上げてみせ、思い切り催促してきた。調子に乗りすぎ。
 おいしかったのかな? ニッキーが新たな味を覚えてしまった。将来またどこかで、「ハーイ!」をやって催促されたら、ちょっと恥ずかしいだろうけど、まぁいいか。将来、老犬になったニッキーが食欲をなくしたら、役に立つかもしれないし、ね。


■2004/08/09 (月) 距離

 トイレから出てきたら、奥の部屋からニッキーの視線が、何かを訴えていた。目を合わせると、ニッキーは例によって雄弁に、仕草と表情で何がしたいのかを伝えてくる。
「あ、ベッドに乗りたいの。オーケイ」
 ニッキーは、私のベッドの上で寝るのが大好きだけれど、勝手に乗ることは許されていない。必ず私の許可か、ベッドに上がれという指示(例えば、枕元にある眼鏡を持ってくる時なんかに、「アップ・オン・ベッド」と指示する)が必要、というのが我が家のルールだ。
 許可が出るなり、無意味なくらい勢いよくベッドに飛び乗り、心底嬉しそうに丸くなるニッキー。でも、何か不思議な感じがする…なんだろう。
 しばらく考えて気づいた。今までニッキーは、頼みごとをする時、私のそばまで来て、ベッドなり、水飲みなりの場所まで私を誘導した。でも、今日に限って、離れた場所から、目と、鼻で指し示したりする仕草だけで、自分の意思を伝えてきたのだ。
 今でも私は弱視だけれど、去年の手術の前と後では、近視のレベルが違っている。手術前だったら、今日のように3メートルぐらい離れた場所から、目で訴えられても、きっと気づかなかった。すぐそばにいても、真っ黒なニッキーの真っ黒な目鼻がよく分からなかったぐらいだし。
 一緒に暮らしているうちにニッキーは、ちゃんと私の視力の限界にも気づいていたんだろうか。障害物を避けてくれたり、スロープと間違って階段に進もうとしたら止めてくれたりしたこともあるから、彼なりに何か感じていたとは思う。何かを訴えたい時には必ず一度そばに来てから、目的の場所に連れて行くようにしていたのも、離れた場所から訴えても私には見えないと、気づいていたからかもしれない。
 そして手術をしてから1年ちょっと。ニッキーは、どうも飼い主の視力が少し良くなったことに気づいたようだ。
 ニッキーはこれからますますわがままになるかもしれないけれど、やっぱり嬉しかった。しっかりと気持ちを通わせていたいから、ニッキーが私をちゃんと観察していてくれたことが、とても嬉しかった。


■2004/08/07 (土) 家族でおでかけ

 週末、実家に行く。母が「盲導犬クイール写真展」のチケットをもらってきたので、我が家の3人と1頭(猫科のメンバーはお留守番)も、遅ればせながら大流行したクイールを見に行くことになった。
 午前中、猫たちが運動会をしている中、母がニッキーを洗ってくれた。父の車で、銀座へ向かう。何であれ、家族や友達が揃って出かけるのが大好きなニッキーは上機嫌だった。グッドマナーで歩行者天国を歩き、某デパートへ。
 会場の入り口で受付の女性に「いらっしゃい、お利口ねぇ、頑張ってね」と声をかけられたけれど、しっぽの先をそよがせただけで、ニッキーは無反応。ちゃんと仕事する気になっている様子に、安心して会場に入る。
 真っ黒なニッキーが壁側を静かに歩いていると、全然目立たない。車椅子の陰で揺れている太いしっぽに気づいた人も、ほとんどの人が好意的に無視してくれた。夏休みで子供が多く、学校で習ったのか、「仕事をしてる犬なんだから、触っちゃ駄目!」「あれは盲導犬じゃなくて、介助犬っていうんだよ」と、親に逆に教えている声もする。唯一会場内でニッキーの進路に立ちふさがって撫でまわしたのは、予想通りおばちゃん…。
 会場を出て、グッズ売り場みたいなところでは、「撫でていいですか?」と聞いてきてくれた人達に、どうぞ、とニッキーを撫でてもらった。ひとりが撫でると次々に「いいですか?」と聞かれたので、撫でたいのをぐっと我慢していてくれた人も結構いたのかも。ニッキーは、撫でられたり、携帯で写真を撮られたり、一気にアイドル。
 でも、おばさんに抱っこされたトイプードル(アプリコットカラー+テディベアカット=最新流行犬?)が登場すると、あっという間にアイドルの座を奪われて、ついでにプードルに吠えられ、静かに会場を後にしたニッキーだった。
 やっぱり有名にもアイドルにもなれない地味な黒犬だけど、今日はこの子がいつもどおり静かに目立たないでいてくれたおかげで、家族のおでかけが気持ちよく終了。お疲れさま、ニッキー。


■2004/08/03 (火) 新たな仕事?

 先日、友人との電話で。
「あっついねー。元気?」
「うん、だってクーラーの部屋から出ないもん」
「涼しいとこにいるのがいちばんだよねぇ」
 軟弱極まりない私達が、地球温暖化を促進しているかも…。

 でも、ほんとにこの暑さは辛い。私の場合は、湿度が高いと膝が痛くなるので、エアコンはドライに設定しているけど、お世話になりっぱなし。冷えすぎるとやっぱり足が突っ張って痛くなる。面倒なカラダである。暑くて湿度の低いアリゾナは、私にいちばん合っていたんだなぁ。ああ、ツーソンが懐かしい。
 パソコンに向かっていたのがひと段落して、背中が痛いから一度横になる。ところが、横になったら足が変に突っ張って、とっても安定が悪い。そこで、ニッキーに新しいお手伝いをしてもらうことにした。
 温かくて重たいニッキーの身体で、足を押さえてもらったら、少しは楽になるかと思ったのだ。アメリカにいた時、リウマチから来る障害を持った人が、介助犬に足を暖めてもらっている、と話しているのを聞いたことがある。同じようにできるかな?
「ニッキー、カム、アップ」で私の膝の辺りを指すと、嬉しそうに大好きなベッドの上に飛び乗った。後は声をかけ、誘導して、膝の上に横たわってもらう。28キロのニッキーが乗るとかなり重い。しばらくすると私の足もうまく力が抜けて、だいぶ楽になった。暑いけど、足に伝わるニッキーの体温が気持ちよく、痛みも和らぐ気がする。
 楽しかったのは、今まで経験したことのない場所でくっついているニッキーが、本当に嬉しそうな顔をしていたこと。しっぽを振り続け、そっとお手なんかして、甘えまくるニッキー。あんまりしあわせそうな顔しているから、笑ってしまった。
 こうしていると私の身体が楽になるのは、犬の重みや体温だけじゃなくて、こんなニッキーが「そのままでいいよ、大好きだよ」のメッセージを伝えてくれるせいかもしれない。時々足が突っ張ったら、またよろしくね。


■2004/08/02 (月) バスでの出来事

 郵便局に行く用事があったので、8時頃家を出た。ハーネスを着けたニッキーと一緒。風はからっとして昨日より快適だけれど、やっぱり暑いから、駅までバスを使い、そこから郵便局へ行くことにした。
 ニッキーと少し遊んだりしていたら、惜しいところでノンステップバスに乗り遅れてしまった。でも、次に来たバスも同じく新型のノンステップバス。ちょっと得した気分だった。それだけバリアフリーな交通機関が増えたということなら嬉しい。
「すみません、スロープをお願いします」乗り口から呼びかけると、「乗るの?」と運転士さんの返事。迷惑がられているのかな、と気になったけれど、降りてきた運転士さん、ニッキーを見るなり笑顔になってくれた。
 乗客が多かったので、いつもの場所(座席を3席たたんで作る車椅子スペース)ではなく、ドアの前で車椅子のブレーキをかける。ニッキーは私の横に場所がないから、斜めに向かい合って、乗客の足の間にうまく身体を滑り込ませるようにダウンする。おお、プロの技! そんなニッキーを、シルバーシートからおばあちゃんがにこにこ見ていた。
 バスが駅に着いて降りる人達が動き出した時、ニッキーは一生懸命小さくなっているけれど、乗客の大きな革靴がしっぽの先を踏んでしまった。ニッキーはちょっと緊張しただけで、動かなかった。
 小さな声で「グッド・ステイ、えらいよニッキー」と私が声をかけるのとほぼ同時に、シルバーシートのおばあちゃんが、「気をつけてあげて。ワンちゃんのしっぽを踏んでるわ」と、革靴の男性に呼びかけてくれた。そして、「我慢強いのね。あたし達も踏まないように気をつけるから、頑張ってね、ワンちゃん」とニッキーに笑いかけた。
 運転士さんも、スロープを出して私たちを降ろしてくれた後、「こういう犬は人間の子よりよっぽど立派だよ」と言ってニッキーを撫でる。何だか大人気のニッキーだった。
 自分の犬をかわいいとかいい子だと言ってもらえたら嬉しい。でもそれ以上に、働く犬ニッキーも、車椅子の私も「見慣れて」くれたらいいなと思う。
 障害児は養護学校へ、犬は外につないで、と日常の空間から別けてしまいがちな日本。本当に誰もが住みやすくなるには、別けないこと、別けないためには、見慣れること。そんな気がした。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/