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くろいぬ日記

黒犬ニッキーとその相棒、ささやかにしあわせな日々。

2005年3月の日記

■2005/03/31 (木) フォローされて

 今日は自宅から、いつもの診察のために眼科の病院へ。こんないい天気に病院で丸1日を費やすと思うと、私はかなり残念なのだが、ニッキーは楽しそうで、駅で移動を助けてくれたり、私の苦手な左側のボタンを押してくれたり、しっかり働いてくれた。
 でも病院の待合室で落ち着くと、一瞬でスイッチが切れたように熟睡してしまうニッキー…彼にとって病院とは、相棒が動くまでひたすら寝る場所らしい。ずいぶん待ってから、ようやく診察室へ。よく寝ていたニッキーは、大きく伸びをしてから立ち上がった。
 眼科の診察室は薄暗く、視力の弱い人も多いから、ニッキーが人に踏まれたり、ぶつかったりしないように気を遣う。今日は犬の大好きな看護士さんがいて、ニッキーが安全な場所に伏せられるように誘導してくれたり、踏まれないようにガードしてくれたりした。看護士さんに「ニコラス、可愛いね」なんて言われ、ちょっと撫でられたニッキーは、しっぽをばしばし振って嬉しそう。
 いつもの担当医師がやって来て、私の診察開始。眼をチェックされている間は、私は顔を動かせないけれど、何やら左側で動いている。ニッキーが調子に乗ってダウンの姿勢から勝手に立ち上がっているのだ。
 顔が動かせるようになってすぐに「ノー!」。厳しい声で叱った。楽しげだったニッキーが、まるでがっくり肩を落とすようにうつむいて、ゆっくり静かにダウンする。そんな様子に、「うなだれるぐらいなら、最初からちゃんとしてなさい!」と言ってしまった。
 すると意外にも、お医者さんがひとこと「そんな風に叱らなくたって…」とニッキーをフォローする。看護士さんも頷いていた。「人前で叱られるのはねぇ」とさらにニッキーを擁護するお医者さん。この人は一児の父だから、子育ての体験と重なるのかもしれない。犬も子供も、褒め方・叱り方で、やる気になることも傷つくこともある。
 そういえば、先日「もうじき引退させて楽しい暮らしを…」と言った私に「今でも楽しいんじゃない?」と即答したのも、同じF医師。うーん、あなどれない!
 いちばんニッキーの気持ちを分かっていなければならない私が、他人に突っ込まれるようじゃまだまだ駄目。ニッキー、ごめんね。


■2005/03/29 (火) 掃除

 明日は人が訪ねてくる予定なので、それなりの掃除をした。時々ニッキーの身体を拭くのにも使うオレンジオイルの洗剤でキッチンの床を拭き、トイレも掃除。次に畳とカーペットに掃除機をかける。
 小さい掃除機の方が楽だけど、今回は大きな掃除機を引っ張り出した。何と言ってもニッキーの抜け毛の季節だし。冬の間寒がりニッキーを守っていたふわふわの綿毛が、どんどん抜けているから、カーペットには黒い毛が絡みつき、畳の上は毛の塊が転がっている。
 私が床に座り込んで掃除をしていると、目線の高さが近くなるから嬉しいのか、ニッキーが笑顔で寄ってきた。手、というか前足で軽く叩くように私の気を引こうとする。でも「駄目駄目! これから掃除機なんだから。あ、余計な抜け毛を落とさないでよね」と私の反応は冷たかった。
 ちょっとがっかりした様子ながら、ニッキーは自分からハウスに行った。こちらの都合をとにかく受け容れてくれる、優しい、いじらしい子である。
 床に座った姿勢で少しずつ移動しながら、掃除機をかける。掃除機のスイッチは4段階で、弱・中・強・ハイパワーとあるので、もちろんハイパワーでがんがん吸い取る。ところが、消費電力もハイパワーだったようで、突然ブレーカーが落ちてしまった。
 点けっぱなしだったテレビも消え、掃除機も止まり、いきなりの静けさ。そしてその静けさの中で、何故かニッキーのしっぽがばしばし壁を叩く音がしていた。
 ブレーカーを上げるために、伝い歩きでそろそろ玄関に向かうと、ニッキーが自分のハウスでお腹を出しそうなポーズで、遊ぼうよ! と誘う。掃除機が止まったから、次は自分が遊んでもらえると思ったのかな。
 今日は何かと忙しくてゆっくりかまってやれなかった、とちょっと反省し、掃除したばかりの部屋でニッキーと遊んだ。静かに遊んだのに再び抜け毛だらけになったカーペット…結局なかなかきれいにならない我が家なのだった。


■2005/03/26 (土) 昇降機が好き

 用事があって都内に出かけた。私鉄で新宿に出て、そこからJRに乗り換える。実家に帰る時も含めてよく使うルートだから、ニッキーは慣れたもの。人をよけているうちに蛇行してしまった私を、スロープへ誘導してくれたり、黙っていてもいつもの場所で伏せたりする。
 私とニッキーだけでは、ホームへ上がることは出来ないから、駅の人が昇降機を準備して迎えに来てくれるのを、しばし待つ。この待ち時間がとても長いのでどうにかしてくれよ、という話はさておいて。
 駅の人がニッキーに「さあ、大好きなエスカルだよ!」と笑いながら言ったので、ちょっと驚いた。日々膨大な数の人が利用する新宿駅、車椅子で利用する人も沢山いるだろうに、ニッキーのことを覚えているんだ、と。
 エスカルというのは、JRの駅で使われている階段昇降機のこと。ニッキーはもちろん私と一緒にこのエスカルに乗る。そしていつも、柵の間から顔を突き出して周りを見ている。人間大好きなニッキーにとって、沢山の人が動き回っているのが面白いのか、昇降機から顔を出す犬に笑いかけてくれる人がいるから嬉しいのか、しっぽをばたばた振りながら。
 以前同じように昇降機を利用した時に、それを見た駅の人が「喜んでるねぇ」と笑ったので、「この子はエスカルが好きなんですよ」と答えた。それを覚えていてもらえたのだ。
 駅の階段に、エスカルでもギャラベンタ(これは別の昇降機)でも昇降機らしきものがあれば、ニッキーは当然のように昇降機に乗りこむ。車椅子の私といつも一緒に行動しているニッキーにとって、階段があれば昇降機に乗ることは当然のことなのだけれど、他人からは「昇降機が大好きな犬」に見えて微笑ましいのかな。
 今日もいつもどおり昇降機から顔を出して楽しんだニッキー。誰かに笑顔になってもらって、ちょっと印象に残ったのなら、嬉しい気もする。


■2005/03/25 (金) 誰も見てない

 昨日は雨だったけれど、気持ちよく晴れていた今朝、いつも通りニッキーをドアの前で排泄させる。郵便物を確認しようと、私は伝い歩きでポストを覗きに行った。
 小を済ませたニッキーはほんの数メートルの距離なのにくっついてきて、私がポストを開けている間に、すぐ横の歩道に大の方をしてしまった。雨だった昨夜は散歩も仕事もなく、定位置で排泄だけだった。運動していないから多分、腸があまり動かずに大が残っていたのかもしれない。
 定位置の場所からは外れているけれど、私が排泄の指示を出したのだから、まぁいい。ポケットからビニール袋を出して、ご立派なブツを回収した。
 ところが、杖は定位置の排泄コーナーのところに置いたまま。屈んで回収したのはいいけれど、身体が起こせない。上体を起こそうとすると一緒に足も突っ張って、身体が前のめりに倒れていくし、勢いをつけて無理に立とうとするとそのまま後ろに倒れそうで怖い。力の問題でなく、全身の動きをうまく調整できないのだ。
 大小とも出してすっきりしているニッキーに、出動してもらった。「ニッキー、カム…もう少しこっち」ニッキーの肩が私の左斜め前に来る位置に立ってもらう。足元が傾斜しているからちょっと気になって、言葉と目線で何度かニッキーの足の位置を変えさせた。
「ブレイス(支えて)」の指示でしっかり踏ん張ったニッキーの肩に手を置いて、身体をゆっくり起こし、足の位置を少しずつ変え、立った姿勢で手近なものにつかまる。「グッド・ブレイス、もういいよ、ありがとう!」
 普段、車椅子か杖を使うことがほとんどだからあまり使わないブレイス。ただ立っているだけに見えるし(本当は、信頼して任せられるようになるには、しっかりトレーニングが必要)、犬に体重をかけていると誤解されたりもするから、人前ではさらに使わない技である。使う時は本当に、周りに誰もいなくて、ニッキーだけが頼りという時。
 誰も見ていないところで活躍したニッキーを、私だけが思い切り褒めた。
「グッド・ボーイ、ニッキー! にっちゃんがいなかったら、転んじゃったよ。誰かが来るまで倒れてたよ。ありがとう、助かったよ」
 ある意味、ニッキーがいなかったら排泄の始末も必要ないから、転ばなかったはずなんだけど…その矛盾には目をつぶろう。


■2005/03/23 (水) 気持ち悪いの?

 昨年の胃の手術以来、ニッキーの体重はなかなか戻らない。沢山食べさせたいけれど、丈夫でない彼の胃が受けつけられる量はそう多くない。お湯で柔らかくして、栄養価の高いフードを混ぜたり、小分けにして食事の回数を増やしたり、無理のないように、でもしっかり食べさせるのは、結構大変。
 食後にきちんとげっぷをしてくれるかどうかも、チェックポイントだ。胃が動き、余計な空気を吐き出すと、ニッキーは「グッド・げっぷ!」と何故か褒められる。
 今日は食後のげっぷが小さくて、その後だいぶ経ってから何度かげっぷをしていたから気になっていたら、夜になって、寝ていたニッキーが突然起き上がり、パソコンに向かっていた私に何やら訴えてきた。
「どうしたの?」と聞くと、ニッキーは外に出たい、と仕草で伝えてくる。部屋の前に出したら、小も大も排泄した。それから自分のハウスで前足を伸ばした姿勢で伏せる。ニッキーの動作と表情で、何となくお腹に不快感があるらしい、という気がしたので、気になって私もその側に座り込んで付き合った。
 ニッキーのお腹をゆっくり撫でて「痛いの痛いの、ちょうだい」と繰り返す。飛んでいくよりも、ニッキーの痛みを私にもらえば、ニッキーの体調が分かる…ような気がしたから。ものすごーく非科学的。
 ニッキーはしっぽをぱたぱた、苦しがったり、痛がったりする様子はない。でも私の手を自分の前足で押さえている間は、ずっと撫で続けていた。
 ニッキーは立ち上がって、大きなげっぷと小さなおならをした。やっぱりちょっと胃の調子が悪くて、ガスがたまり気味だったらしい。お腹がすっきりしたニッキーは、急に気分が良くなったようで、しっぽを振り、私の顔をべろべろなめて甘えてきた。
 そんな今夜の出来事、ニッキーが小さな不調でも私に訴えてくれたことが、嬉しかった。獣医でも神様でもない私を、「きっと何とかしてくれる」と信頼してくれることが嬉しいし、不調や病気のサインを見つけやすくなる。これからの健康管理にも役に立つだろう。
 あまり自立できず、私の表情を確認しながらでないと仕事が出来ない甘えん坊ニッキー。情けないけど、そんなニッキーでよかったと、やっぱり思う。


■2005/03/21 (月) 春が来た

 暖かい日だった。
 ニッキーと一緒に、陽の当たる部屋でちょこっとトレーニング。以前ゴミ箱が小さくてうまく行かなかったゴミ捨てを、改めて教えなおす。
 私の教え方が下手なのは相変わらずだが、その教え方の癖が分かっているニッキーはすんなりと覚え、遊びながら少し教えただけで「ぽいっとして」の言葉でゴミ箱にゴミを入れてくれるようになった。今度は、小さなゴミ箱が安定するように工夫をしてあるので、しっぽでゴミ箱をひっくり返すこともない。
「ニッキー、グッド! よくできたね」ニッキーと私はオーバーに喜んでトレーニングを終えた。楽しかったね。
 それからしばらく、ふたりして窓辺でのんびり過ごした。ニッキーは久しぶりに両手両足を大きく伸ばして居眠りし(冬の間は丸くなっていたからね)、私は読書。
 午後は、用事で出かけ、よく会う人達(?)で食事をし、そのついでに買い物をして、すっかり夜遅くなってからの帰宅になったけれど、ジャケットも手袋もバッグにしまったまま、セーター1枚でも充分という気温だった。
 東京でも特別寒い某市在住、人一倍寒がりな私もようやく、ああ、春なんだ、と感じる。ニッキーのふわふわの綿毛もどんどん抜けているし、これからが私にもニッキーにもいちばん快適な季節。
 春の間、体調を崩さないようにしなくちゃ。ニッキーと思いっきり遊べる時間、行きたいところに行きたいように行ける時間を、何より大切にしなくちゃ。
 ニッキー、楽しいことを沢山沢山しようね。今までの膨大な思い出も大切だけれど、膨大な思い出のあるふたりだからこそ、もっともっと楽しいことがあるはずだから。


■2005/03/20 (日) ビデオ撮影

 AWDSAで何故かビデオを撮影することになった。他の犬たちと共に、ニッキーも出演させていただく。のんびり気楽なニッキーと、よく分かり難い障害を持つ見た目の悪い私では、決してビデオ撮影に適任ではないけれど、現役で仕事をしているニッキーの様子を残しておきたい。
 いつも実際の生活でしていることだけを、いつも通りに撮影して欲しいから、自宅に痔先生と撮影担当の人に来てもらった。「犬を使う」という言葉は嫌だけれど、私は毎日、介助犬ニッキーを必要とし、「使って」いる。電気を消したり、冷蔵庫から水を持ってきたり、電話を持ってきてもらったり、ドアを開けてもらったり、いつも通りのことをいつも通り披露した。でも、いつも通りが難しい。
 補助犬認定試験の時にも自宅での審査があり、審査員がやって来て、ニッキーの介助動作の中で特に必要性が高いものをいくつか披露したけれど、審査員の人達の前では、気を散らすことなく私の指示だけを聞いていた。ところが今回は、ニッキーの大好きな痔先生がいるし、撮影のために椅子をどかしたりしてちょっと様子が変わったし、何よりも気楽な雰囲気だし、ニッキーはテンションがとても高い。
 私には沢山の不満が残った。例えば、何度か紐を引いて消す電気は、普段なら何も言わなくても、全部の蛍光灯と豆球が消えるまで紐を引き、きちんと消してくれる。郵便受けから落ちた封筒も、痔先生に見せびらかしたりしない(当たり前か)。どうせならいいところを見せたいし、普段のニッキーの以心伝心ぶりのすばらしさを知って欲しいのに。
 でも、そんな私の方が「いつも通り」ではなかったのだ。カメラが回っていない時に試してみて、「ギブ」と言うべきところを「持ってきて」なんて言ってしまった失敗や、いつもと違う状況での指示なのに指先ひとつで理解することを求めていたことに気づいた。
 普段は本当に必要なことしか頼まないし、同じことを別の角度から撮るために繰り返すこともない。それだけでも充分「いつも通りじゃない」状態。その上に、状況判断の指針にしている私の言葉や動作や表情がいつもと違っていたら、ニッキーは当然いつも通りではなかったんだろう。
 いつも通りを維持するのは、大変なんだね、いろんな意味で。とりあえずいつも通りに近い仕事を見せてくれたニッキー、ご苦労さま。


■2005/03/17 (木)

 夢の中でも障害者なの? と聞かれたことがある。そのとおり。過去に自力で歩いていたことも、杖で歩いていたこともあるから、夢の中でも自力歩行だったり杖歩行だったりすることはある。自力歩行の夢でも「うわー、手すりがないじゃん、この階段降りられない」と困っていたりする。もちろん車椅子で出歩く夢も見る。
 生まれてすぐに障害を持った私は、健常者だった経験がないから、夢の中でも障害を持っている。夢を見ていて「あ、これは夢」と気づいた時には、「夢だから何でもできるはず」と、窓からふわっと外に出て、空を漂ってみたこともある。だったら一度ぐらい、夢で「健常者体験」をしてもよさそうなものだが、「空を飛ぶ」ことは思いついても「健常者になる」ことは思いつかない。
 こんな私が、今朝方見ていた夢はというと、知り合い数人と喫茶店に行く夢だった。
 入り口に段差があり、何故かそこには頑丈そうな洗面台があったので、洗面台につかまって段差を上った。誰かが運んでくれたようで、目の前にいつもの車椅子があったので、それに乗って店の奥に進む。
 何だか長いテーブルが並んでいて、他にも沢山テーブルがあるのに、真ん中のテーブルにだけ、沢山の人が相席している。私の知り合い達も、そのテーブルについていて、右端の席の椅子が除けてあった。そこに車椅子を入れてテーブルに着く。
 何しろひとつのテーブルに沢山の人が座っているから、椅子と椅子の間隔もほとんどない。困ったな、ニッキーの場所がない、と思った。仕方なくニッキーを、定位置の車椅子の左側でなく、右側にダウンステイさせた。
 ウェイトレスが来て、ニッキーを縦方向にまたごうとしていたので、邪魔にならないように、「アンダー」と指示してテーブルの下に入らせた。ニッキーは狭い隙間から上手にテーブルの下に入ったが、前に座っている知らない人の椅子の下に顔を突っ込んでいる。ニッキー、もっとこっちに…。
 と、ここで目が覚めた。夢の中でもニッキーは私の左側にいて、私は相棒業のひとつとしてニッキーを気遣って、妙にリアル、というかいつも通りだった。
 ニッキーの夢というのは、実はあまり見ない。でも、関係のない夢の中でもきっと、ニッキーはずっと私の左側にいたんだろうな。私にとって、障害のある自分が当たり前であるのと同じく、いつもニッキーと一緒が当たり前であることを再認識。


■2005/03/13 (日) プレゼント

 1日早いホワイトデイ、と理由をつけて、ニッキーに新しい首輪をプレゼントした。といっても、1月のアリゾナ旅行で注文して先日手元に届いた品。馬具をつくるテキサスの職人さんが手作りしてくれた首輪は、革が厚く、金具もとても丈夫そうだ。鑑札と迷子札を付け替えて、ニッキーに着けてみる。
 何も言わなかったのに、ニッキーはハーネスを着ける時と同じように首を伸ばして、私が楽に首輪を着けられるようにしてくれた。まだぴんと固い皮がなかなか金具に通せなくてしばらく格闘している間も、じっと首を任せていた。
 白いステッチの入った濃い茶色を選んだのだけれど、もう少し薄い色がよかったかな。黒いニッキーにはいまいち映えない。でも、濃い色の中にもっと濃く、「BELOVED SERVICE DOG NICKY」の文字が刻印されているのを見ると、ひとりでにんまりしてしまう。
 大切なニッキーへの感謝の言葉を入れたくて、考えた末に選んだ言葉。あまり目立たないように小さな文字で、でも決して色褪せないようにしっかりと刻んでもらった。日本語にすれば「最愛の介助犬ニッキー」。
「にっちゃん、どんな首輪でも似合うねぇ。やっぱりカッコいい子は違うね」私が喜んでいると、ニッキーは一応軽くしっぽを振ったが、別に何か仕事がある訳でもなく、食べられるものがもらえる訳でもなさそうだと察して、さっさと自分のマットに戻ってしまった。
 そう、首輪やリードはニッキー本犬にとってはあまり意味のない贈り物だ。刻印の文字だって、ニッキーには読めない。いつものフードをハート型に盛り付けてあげたバレンタインのプレゼントの方が喜んでもらえた。
 言葉でも形でもなく、ニッキーに本当に「BELOVED」だと伝えるのは難しい。プレゼントなんかなくても沢山の愛情をしっかり伝えられるような、そんな相棒にならなくちゃね。
 明日は本当のホワイトデイ。ハート型フードのお返しに、ニッキーはハート型のうんこをしてくれるかも。


■2005/03/11 (金) 拾わなくても…

 最近ニッキーは、私が何かを落とすと何も言わないのに拾う。私は自分で拾えるものは自分で拾いたいから、指示がないのにニッキーが勝手に拾うのは本当は困るのだ。
 平らな場所で車椅子の右側に落ちたものを拾うのと、左側のものを拾うのと、かまぼこ型の道路の端っこで拾うのと、私にとっての難易度は全く違う。拾えないとか、拾えるけれど時間がかかるとか、疲れているから無理をしたくないと自分で判断した時だけ、「ニッキー、ゲット(取って)」と頼むことにしている。
 このところ何度か、寒い中出かけることがあって、寒いと特に身体が動きにくくなる私は、コインや目薬や手袋を頻繁に落としてはニッキーに拾ってもらった。自販機の下に転がり込んだコインを、舌と爪で引っ張り出したり、無害だけど苦い目薬が沢山ついた容器を我慢して拾ってくれたり、なかなか立派な仕事振りも見せてくれたニッキーさん。感動して心を込めて褒めた。感謝いっぱいに撫でた。
 それに気をよくしたニッキーは、今までの「指示がなければ拾っちゃ駄目」というルールを無視して、何か落とすとちらちら私の顔をうかがいながら、「ウェイト」とか「いいよ」と言われない限りは拾うようになってしまったのだった。
 ニッキーと過ごして早7年。私の身体能力も、体調も、補装具の類も、いろいろ変わっている。もう、意地を張らずに拾ってもらってもいいのかな…そんな気がしていた。
 でも。今日、時間がないから電車を待つ間に急いでコンビニのおにぎりを食べようとしていた時、おにぎりを包んでいたフィルムがかさかさっと私のひざを滑って落ちたら、ニッキーは当然のように拾いに行き、そっと渡してくれた。
「ありがとう、にっちゃん、でもまた捨てられないゴミが増えちゃうよ」
 ニッキーが拾ってくれたものは、レシートでもチラシでも何となくいとおしく感じてしまう私。結局捨てるのにとりあえずポケットに大事にしまってみたりする妙な習慣がある。ああ、こうして今日も、おにぎりを包んでいたフィルムが「捨てづらいゴミ」になってしまった。
 やっぱり勝手に拾わせるのはまずいかなぁ。まぁ、ニッキーのせいではなくて私の究極の貧乏性? のせいだけど。


■2005/03/09 (水) 学校訪問

 久しぶりに電車でおでかけして、小学校を訪問。電車が止まって遠回りをして遅刻してしまったので、慌ててタクシーを拾い、「**東小学校」と言ったのに「**第一小学校」に行ってしまい、さらに「**東中学校」にまで行ってしまったが、どうにかたどり着いた。
 ケンちゃん、ジロー君、イリちゃんと共に、ニッキーもいつもどおりちょこっとお仕事を見てもらう。そして最後に、校庭で子供たちとふれあいタイム。
「まずユーザーさんに『触ってもいいですか』と聞いてね」「犬を脅かさないように、触る時は下からそっと」「犬が嫌がったらすぐにやめてね」などなど、基本的なことは痔先生から説明があったので、みんなきちんと「触ってもいいですか?」と聞いてくれる。でも、どこから触られても喜ぶ犬ニッキーを前に、「下からそっと…」の方はすっかり忘れられてしまったらしい。
 ニッキーの肩を揉んでいる子、お尻を撫でる子、鼻をつつく子。ニッキーが太いしっぽをびゅんびゅん振るので、どの学校でも何人かは、ニッキーの後ろに立ってしっぽにばしばし叩かれて遊ぶ子がいる。両足の間にニッキーのしっぽを入れて、ばしばし叩かれながら喜ぶ子も必ずいる。
 ケンちゃんと紐付きのボールで引っ張りっこをして遊ぶ子もいた。小学校4年生とパワフルな大型犬では勝負にならないはずが、ケンちゃんはそれなりに手加減して子供と遊んでいた。投げたボールを犬が取りに行くと、歓声があがる。
 介助犬の仕事を邪魔してはいけないというのも大切なことだけれど、それよりもまず、大きくて優しい犬に触れたことや、車椅子の人と当たり前に一緒に遊んだことを覚えておいてくれたらいいな。
 ところで今回の訪問、いろんな偶然と事情が重なって、中学時代からの友人の企画から実現した。ニッキーがきっかけになっていろんな新しい出会いがあったけれど、昔の友人ともこうして一緒にできることがあったりしたのが、ちょっと嬉しかった。


■2005/03/07 (月) また風邪

 先日の雪、ニッキーはとても喜んでいたけれど、私は寒さに完敗。風邪を引き(ついでに数年ぶりにすごいしもやけになり)、週末はほとんど寝て過ごした。雪を見て上機嫌で子犬のようにはしゃいでいたニッキーさんも、今日は私に付き合って静かに過ごし、時々必要な時には目薬を持ってきたり、電気を消したりしてくれる。
 風邪薬のせいで眠くなった私は、昼間に熟睡。目が覚めたら周りはすっかり暗くなっていた。ニッキーにトイレをさせ、フードをお湯で柔らかくしてごはんの準備。ニッキーは喜びのポーズで私に甘えてきたが、あくまでいつもより控えめで、動作がとても静かだ。
 半分は気を遣ってくれているんだろう。そして残りの半分は、私の元気がないとニッキーにも伝染して、テンションが低くなってしまうらしい。
 でも、スイッチが切れたように静かだったニッキーが、明け方になって何やら楽しそうに、私を遊びに誘いに来た。時計を見ると午前5時。いつもなら私は爆睡している時間だけれど、昼間寝てしまったせいでこんな時間に起きていた。
 そういえば、と思い出す。ニッキーは何故かこのぐらいの時間にやる気のスイッチが入ることがあるのだ。体内時計なのか、我が家に来る前の何かの習慣なのか、理由は未だに分からない。
 私のためにずっと静かにしてくれていたご褒美と、退屈させてしまったお詫びとして、ベッドに座った状態で少し遊んであげることにした。ボールを転がして持ってきてもらったり、ニッキーの好きな靴下を脱がす仕事を頼んだり、「ハーイ」や「ごろん」をさせてうんと褒めたり。ささやかな遊びだけれど、ニッキーはしっぽを振って楽しんでくれている様子。
 病気になれば気遣ってくれ、しょぼい遊びでも相棒の私と一緒に遊べることを楽しんでくれる。そんなニッキーがそばにいてくれることを、改めて嬉しく感じた風邪引きの私だった。


■2005/03/01 (火) 「持って行って!」

 キッチンで時間を確認しようとしたら、時計が見えなかったので、ニッキーに「ゲット・ザ・セル」で携帯電話を持ってきてもらった。そのついでに、私の目薬全6種類が入った袋を渡して、「持って行って」と頼む。
 特に教えたことはないけれど、実家にいる時は、私から母へ、母から私への物の受け渡しをしていたニッキー。最初は「ブリング(運びなさい)」と私が指示を出し、母がニッキーを呼ぶ、というのから始めて、最近では「これ、お母さんに持って行って」で察してくれるようになった。にっちゃん、アパートで私とふたりきりの時にも「持って行って」ができるかな?
 ニッキーは差し出された袋をそっとくわえた。一度だけ指差して「持って行って」と言ってみる。ニッキーは目薬の袋をくわえたまま歩いていき、奥の部屋に入ったところで、どこの誰に袋を渡せばいいのかが分からなくて、しばし立ち止まっていた。
「ドロップ(くわえたものを放しなさい)」と小さな声でヒント兼指示を出した。繊細なニッキーは、ぽとりと落とすのではなく、そっと袋を床に置いた。もう少し細かく指示を出せば、テーブルやベッドに置くことも出来るけれど、今回はこれでよしとしよう、成功!
「グッド・ボーイ、よくできました!」
 ニッキーの動作を目で確認しながら、「ゲット」「ゴー・アヘッド」「ブリング」「ドロップ」と正確に指示を出せば、簡単に出来ることなのだけれど、指示に従ってくれたことよりも、ごく普通の言葉で私の意思を察してくれたのが嬉しい。
 いつの間にか「もうちょっと」や「そっと」や「ちゃんと」や…あいまいな言葉もずいぶん理解してくれるようになったニッキー。毎度のことながら、言葉の通じない犬が微妙なニュアンスを察してくれることに、やっぱり感動してしまうのだった。
 でも、当のニッキーはそんなことを分かっていないらしい。私が派手にほめたから、目薬の袋をもう一度くわえて戻ってきてしまった。嬉しいととりあえず何かくわえたくなるのがリトリーバーの性だ。あーあ、結局もう一度「持って行って」って頼まないと。
 新しいことを教えるのとはちょっと違うけれど、久しぶりに私も楽しかった。9歳になってもまだまだ脳みそは若いね、ありがとう、ニッキー。


(C)Yuki+Nicholas, http://blackdog.whitesnow.jp/